「秋田?ああ、一期一振に会いたいとか吐かしやがったから捨てたよ」

長期遠征から帰って秋田の姿が見えないことを疑問に思い、主に尋ねた。そして、次の瞬間から和泉守兼定には記憶が無い。
ふと気付けば部屋にす巻きにされて心配そうに堀川が顔を覗き込んでいた。

和泉守はこの本丸では古参の刀だ。初期刀の歌仙が審神者の短気を宥めたり鼓舞して頑張っている間、なかなか保護者の来ない短刀たち、とくに藤四郎兄弟の面倒を見ていた。
一期一振が来ますように!なんて願掛けにお守りを渡してやったり、面倒見の良い兄貴分だった。

江雪、石切丸と保護者の刀が来ても小夜や今剣は慕ってくれている。



和泉守をす巻きに出来るのは歌仙くらいのもの。堀川が言うにはあの後和泉守が審神者に刀を抜こうとし、間一髪歌仙が沈めたとの事。

主は悪い人間ではない。すぐに手は出るし短気だし審神者としても将としても優秀ではないが、食事は与えるし手当てもするし、故意に刀剣を折ったこともなかった。無かったのだ。今までは。その一線を超えてしまった。

和泉守の中で、審神者はもはや主ではなくなってしまった。

「ダメだよ兼さん…兼さんが堕ちるのは秋田くんも望まないよ」

分かってる……分かってるけどよぉ。

暗い室内に行燈の灯りが力なく項垂れる彼らを照らし出した。

ゆらり。

ぬらり。

ぐらり。



「……開けて」

「……は、」


不意に障子越しに聞こえた声。
聞き間違うはずもない。秋田の声だ。
まさかそんな。主が嘘をつく理由が無い。ならばこれは、否、主は折れたと明言していない……?

「あき、」

秋田。名前を呼ぼうとすると堀川に口を塞がれた。「なんのつもりだ。そこに秋田が」目で訴えるも堀川の顔色が悪い。

「気配がない」

「?」

「障子の向こうだけじゃない。虫も、動物も、音がしない……」

耳を澄ます。景趣は秋。いつもなら鈴虫やコオロギの鳴き声が響いていた。それが、全く、一切ない。

_____異常だ。


ゆらり、ぬらり、ぐらり

行燈の灯りが揺れる。

ゆらり、ぬらり、ぐらり


ゆらり、ぬらり、ぐらり、











朝。

和泉守と堀川は朝日が登ってやっと息を吐いた。

一睡も出来なかった。定期的に障子の向こうから秋田の呼ぶ声がしていた。

途中から行燈の灯りも尽き、暗闇の中でアレと対峙することになったんだ。戦より心身共に疲れていた。

朝一で迷惑と知りながらも石切丸に泣きついた。

「ふむ、たしかに何かを感じるね」

だがその場にあるのはわずかな残り香のようなものだけで、まだこの本丸にいるのかは分からない。

聞いてもらえるかは分からないけど一応、主にも報告しよう。

そう言って歩き出した石切丸を、和泉守は複雑そうに見送った。

まだあれを主と呼ぶのか。主と、呼べないのは俺だけか。


この日を皮切りに、本丸に異変が起き始めた。

次の日、朝から藤四郎兄弟が押しかけてきた。

「秋田が来たんです!」
「でも誰もいなかったの!」

次の日、本丸の床に子供の足跡が点々と付いていた。足跡は審神者部屋に向かっていた。

次の日、未顕現の刀が全て折られた。

次の日、審神者部屋の襖がズタズタに切られていた。審神者は朝起きるまで何も気付かなかった。

次の日、石切丸が祈祷部屋に篭り始めた。

次の日、手入れ部屋が一つ分、ずっと使用中になった。

次の日、次の日、次の日、

次の日、主が仕事もせずにネットに張り付いていたと思えば妙なものを集め始めた。

次の日、次の日、次の日、

次の日、政府の怪異対策部とかいうのが押し寄せてきた。

主が担当官を呪ったと聞いた。



怪異対策部が強制捜索に踏み入った審神者部屋。
部屋にいた主は真っ青な顔で腰を抜かしていた。手には紙が握られている。

「主」

「違う俺は悪くないだって秋田が」

「落ち着いて主、秋田藤四郎がどうしたんだい」

「呼ばれた。開けたんだ、だって勝手に帰ってくるなんて、俺を主とも思ってない証拠だろ。叱ってやらなきゃ、でもだって違う俺は悪くない悪くないだろ!!」

「悪りぃに決まってんだろ!」

声を荒げる。審神者の肩が跳ねた。
きっと審神者もあの声を聞いたんだ。聞いて障子を開けてしまったんだろう。

そこから何があったのかは分からない。
分からないが、その手の紙に書かれた字は、秋田のものだ。

「いつか主君にお手紙を書くんです!」

そうして慣れないペンを握って一生懸命練習していたのを覚えている。

「秋田は何があったってずっとアンタの懐刀だったろうが!アンタが最初に鍛刀した刀だろ!なんっで、大切にしてやれないんだよ…」


主君へ
僕はあなたの刀になりたかった。

そんな書き出しから始まった文は、握り込まれていて全部を読むことは出来なかった。
けど、そんな一文だけで伝わる秋田の悲しみが針のように胸を刺す。

嗚呼、いつからこの本丸はこんなに淀んでいたんだろう。

「審神者名 鮎川。担当官呪殺未遂で連行する」





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