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「ひぎゃあああっっ!!!」
どんなに小声でも、距離が近かったら聞こえてしまう。こめかみに血管を浮き立たせたダムがギラリと黒光りする斧先をクリスティーヌに向けた。
「パロマ後でね!」
クリスティーヌは逃げるが勝ちと、双子の睨みに抜かしそうになった腰をなんとか支えてスタコラサッサと森に向かって疾走していった。
「後なんて無いんだよ、バア〜ッカ!」
「怯えきっていたじゃないですか。何もそこまで、脅さなくっても・・・・。」
「余計な雑魚にはこれ位が丁度良いの!ふぅ〜、これでやっと仕事が終わった〜。さっ兄弟、もう行こ。」
クリスティーヌがいなくなったら興味が失せたのか、さっさと二人は移動を始めた。
パロマはその場で暫し森を眺めていた。
舞台は何とかなるだろう、何と言われようともクリスティーヌはその道のプロだ。通し稽古も見ている。みんな素晴らしい演技力だった。きっと成功するに違いない。
パロマはここに残って、また変わらぬ時を過ごすのみだ。
料理長の献身的な教えの賜物か、近頃はまともな料理を作れるようになった。ちょっとずつではあるが、進歩している我が腕前。手料理を人に出しても大丈夫な位にまではなっていると自負している。
それに相反して、全く進展が無い事も・・・・
「はぁ〜・・・・・」
晴れ渡る青空の元で、パロマはその空気にそぐわない程重いため息を吐く。
進展しないのは、パロマとエリオットの縮まらない距離だ。ずぅっと平行線のままで、交わる素振りも無い。
間もなく舞台が始まるので、屋敷の殆どの者がオールドソーンズに向かう筈だ。間違い無くエリオットもその任務に就くだろう。
観劇に行く訳ではないだろうが、オペラを見たらどうしたって自分を連想してしまうだろう。せっかくの舞台だ、少しでも見る機会があるのなら、エリオットにもオペラを楽しんで欲しい。
このやるせない状況をパッと発散させてから、仕事に向かって欲しい。
何より、パロマがこれ以上耐えられそうに無かった。
「・・・・っよし!」
下に向いていた顔を思いっ切り上げる。
準備は少しずつ進めていた。そして、今は練習に費やしていた時間帯がまるっと空いている。
「今度は、エリオットさんを何とかしないと。」
気合を込めて両手でパンッと頬を叩く。そしてクルッと向きを変えて屋敷に向かって駆け出した。
役者から今度は演出者になって、一人しかいない観客を魅了する時が来たのだ。


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bkm


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