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ピアスの顔が近づいたと思ったら、頬にピトッと唇を付けて来た。
ほっぺにキスをされたのだ。
呆けながら手を頬に当てると、顔を真っ赤に染めたピアスがチーズを抱えていない方の手を大きく振って、「じゃあね〜!」っと森の中へと駆けて行った。
「あ・・・っ」
素早い彼は、あっという間に森の木々の中に溶け込んでしまう。お別れの挨拶もさせてもらえなかった。
パロマしかいなくなった庭は途端に静けさに包まれる。サワサワと足元の草花が風に揺れていた。
「何だか、可愛い弟が出来たみたい。」
パロマは固まった表情を緩めた。
ピアスは感情豊かな青年だった。好きな物は好き、嫌いな物は嫌い。良くも悪くも自分に正直に生きている。
(シインにも、彼の10分の1でも良いから、そんな素直さが見られたら良かったのに・・・)
パロマは、今や遠くの世界で会う事の叶わない義理の弟に思いを馳せる。
いつも義弟は何を考えているのか分からなかった。
気付いた時には、修復出来ない程、仲が拗れていたと思う。
何がいけなかったのか、常に彼はパロマを目の敵にしていた。



――――元気に、しているのだろうか・・・



そう思ったと同時に辺りか急に夕焼け色に染まった。
大気の急激の変化は、東から西へと徐々に移り変わる日の光とはかけ離れている。
足元に咲く小花達はどれも見覚えのあるものなのに、この地の果てまで行ったとしても生まれ育った地とは繋がってはいない。
この世界に来てから、どれ位の月日が流れたのだろうか。
アリスはもちろんだろうが、自分にも張り紙程度の捜索願位は出されているのだろうか。
(少しくらいは・・・寂しがってくれているかな。)
今会いに行ったら、姉弟のぎこちない関係が少しだけでも変わりはしないだろうか・・・。
フゥっと息を吐いて、パロマはオレンジ色に染まった空を見上げる。
「でも、会いに行くのは止められているものね。もし元の世界に戻ったとしても、教会に行かなきゃ。」
見上げた先には優雅に空を泳ぐ鳥達が大きく広げた羽までオレンジ色に染められ、それが何とも自由に見えた。
「今も―――」



―――今も、この庭と同じ様に、クローバーを夕焼け色に染め上げ、塔は天高く聳え立っているだろうか・・・。




ハートの国でお世話になった優しい彼は、引っ越しの対象にはならず、弾かれてしまったのだという。
元いた世界と同じ様に、ハートの国もこの地とは繋がってはいなかった。
自分が引き起こしたあの事件、終わりが見えなかった争いに終止符を打ってくれたのも彼だ。
沢山ありがとうと言いたかったし恩返しもしたかったが願い叶わず、その機会は一度も訪れなかった。
忙しい時の中で、いつかは会いに行けると安易に考えていた。まさか、こんな落とし穴があったとは。
あの温かい笑顔と不器用な仕草をもう見られないのかと思うと、胸が締め付けられる。
初めて彼が用意してくれた食事とコーヒー、そして、自分が作った料理を前にして苦い表情をした彼を思い出す。
しばらく風に吹かれるがまま身を任せていたパロマは、フッと何かを思い付き、目を輝かせて屋敷へと駆け出した。


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bkm


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