06
目が点になっているパロマに、エリオットが補足してくれた。
「そうだな〜。『ピアス』は不眠症だから、この時間帯でも活発的にのさばっていそうだしな。頭にでっけぇ耳が付いていただろ?」
あの頭に付いた二つの丸い物体は耳だったのか。その時点で、確実に人間ではない。しかしあの怪奇的な状況を目撃してしまったパロマは、実体の無い幽霊説を捨て切れずにいた。
まだ眉をひそめるパロマにブラッドが皮肉な笑いを送った。
「あいつは実在する帽子屋屋敷の構成員だが、屋敷には寄り付かないで森に居座る『眠りネズミ』だ。鳩がネズミを怖がってどうする。」
「ちょっと待って下さい!私の名前は確かに『鳩』ですが、それは名付けの由来から来たものであって、正真正銘人間なんですから。」
パロマは頬をプクッと膨らませてブラッドに諌めた。パロマの名前は拾われた教会の年老いた神父が付けてくれたものだ。心の優しかった老神父は「この子の元にいつも平和が訪れるように」とこの名前を与えてくれたのだ。それがどうしたものか、平和どころか地雷が至る所に埋まっていそうな魔界に囚われている。
「お前知らなかったのか・・・。名や家系、何か一つでも動物の名に携わっていると、この世界の普遍的理によって、その生き物に姿形が近付いていってしまうんだ。」
ブラッドが眉を潜めてパロマを見詰める。
それは初耳だ。
パロマはビックリしすぎてブラッドに縋ってしまった。
「そっそんな!!それじゃあ、いつか私にも羽根や尻尾が生えてしまうんですか!どどどどうしましょう。そんな怪物紛いな姿になったら、もう堂々と表を歩けなくなってしまいます!!」
「おいおい・・・。それは堂々と歩いている俺への当てつけか?」
手を組んで指の関節をボキボキ鳴らしているエリオットは、ウサギとは思えない程野獣的な顔をしてパロマを睨んだ。パロマは冷や汗を浮かべながら、目線をブラッドからエリオットに流す。
「い、いえ、そういう意味ではっ。確かに初めて見た時は『この人、変な人かな?』って思いましたが・・・・はっ!!ご、ごめんなさい!口が滑っちゃいましたっ。きゃあっ!こ、来ないで!!これ以上近付くと、嘴でつっつきますよ!!!」
まだ尖がってもいない口でどうしようというのか。ブラッドが思わず吹き出した。
「ふっ・・はっはははは。冗談だ。嘴になんかならないから安心しろ。」
腹を抱えて堪え切れない様に笑うブラッド。パロマはエリオットに攻められていた事も忘れて、彼の笑う姿に目を奪われた。今まで気を許してもらっていなかったせいか、こんな風に気さくに笑った所等見た事も無い。
(笑うとこんなに幼い顔になるんだ・・・知らなかったな。―――んん??)
パロマは自分のすぐ近くにいるエリオットも、自分と同様に目を見開いてブラッドを見ているのにビックリした。ずっと身内で一番近くにいた筈のエリオットが、見慣れている筈の笑顔に今更何故驚く。
すると、遠くの方からパロマにとっては幽霊よりも恐ろしい、鬼婆の様な嗄れ声が響き渡った。
「ぱぁろぉまぁあああ!!あの女あああ、命令さぼって何処へ行ったぁああ!」
パロマは真っ青になって、自分の現状を思い出した。
「ボス、エリオットさん、ごめんなさい!私、練習中なのをすっかり忘れていました。それでは失礼します!」
そう言うと、パロマはピアノのある部屋まで駆けて行った。
その後、練習も体力作りもそっちのけで、恐怖の鬼婆クリスティーヌ先生にこっぴどく叱られ続けたのは言うまでも無い。




それから何時間帯もの過酷な夜の時が過ぎ、練習も大詰めを迎える最中、アリスから帽子屋屋敷を訪問すると綴られた手紙がパロマに届いた。






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