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「ストップ!スト―ップ!!変な所でビブラートを入れなあいっ!それにこの楽章はレガートじゃなくって、スタッカートに歌い上げるの。ほらあ最初っからやり直し!」
ウェーブしたブラウンの髪をキザッたらしく片手で掻き上げ、中性的な甘いマクスの男性が、手に持つタクトをまるで鞭の様にビシビシと撓らせ、楽譜と闘うパロマを手厳しく指導する。首から下げた精巧なチェーンの先にあるゴシック調の丸メガネが、タクトと一緒にユラユラと揺れている。
「はいいっすみません。ガストン先生。」
彼はタクトをグィーンと曲げて、反動でパロマにデコピンを喰らわす。ビシッと叩かれたパロマは「あいたっ」と痛むオデコに手で当てる。そこは真っ赤になって湯気を立ち上らせていた。
「違ああう!!私の事はクリスティーヌと呼ぶようにって言ったでしょ。そんな男っぽい名前疾うの昔に捨てたのよ!あんたシツッコイわねっ。練習量二倍に増やして欲しいのかしら?!」
顔を真っ赤にして怒る自称クリスティーヌは、中性的ではあるが何処をどう見ても性別は男だ。ブラッドから台本を渡されてから数時間帯後、彼が連れて来たこのオペラの総監督兼演技の講師として紹介された『ガストン・ブラウン』は、驚異のカウンターテナーの音域を持つ凄腕の元オペラ歌手だった。
『私の十八番は『オペラ座の怪人』よ。もう何十回と公演して毎度毎度大盛況なの。私のおっかけまでいるんだから、困っちゃうわ〜。そのせいで皆私の事は『クリスティーヌ』って呼ぶの。もうその呼び方の方が慣れちゃっているから、貴方もそう呼ぶ事を許してあげるわ。』
パロマは許してもらったとしても、生徒としては正式に呼ばないといけないのではと思い、本名で呼んでいたら、段々彼の態度が苛立ちに変わっていった。そして、先程本当の理由が分かったという次第だ。その彼がタクトをギリギリと弓なりに撓らせながら、パロマを見下げる。
「それにあんた、コロラトゥーラ・ソプラノの役割わかってんの?『小鳥が囀る様に軽快に歌う』のよ。あんたのそれは小鳥どころかカラスじゃないのよ。」
「カッ・・・カラスッッ?!?!」
パロマは驚き過ぎて素っ頓狂な声を出してしまった。
オペラというのはただ曲に合わせて歌うだけでは話にならない。歌に乗せてストーリーを綴っていく豊かな演劇性が無いと、観客の心は掴めない。第一幕の終わりに登場するパロマのパートは、初番からの喜劇性を表現力で一変させて、幕引きの際は観客に悲壮感を植え付けねばならない話の展開にはとても重要な役割を担う。
それを心して練習に赴いているのに、この講師ときたら初っ端からパロマの歌唱力に対して駄目出しばかりだった。
「言わせて頂きますが、私の専攻はドラマンティコ・ソプラノでしてコロラ」
「だまらっっしゃあああい!!」
パロマの主張を問答無用と切り捨てて、彼はタクトでピシピシと彼女の頭を叩いた。
「あんたどの顔で仰ってるの?似合わないのよ!虫唾が走るわ!!私が一から叩き直してあげる。私の求める音域!音量!!表現力!!!すべて網羅できなければプロにはなれないと思いなさい!!!」


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