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不意に廊下に続く扉の先から、くぐもった笑い声が響き出した。声の感じからメイド数人が廊下を歩いているのだろう。人影も無い廊下の先の真っ暗な一室に、まさか領主達が潜んでいるとは思いもよらないのか、足を踏み鳴らす音がすぐそこまで近づいて、そして何事も無く遠ざかって行った。
「少し、長居をしてしまいましたね。」
静かになって、ブラッドが言葉を発する。
主催者の不在は、目聡い者にはすぐに気付かれる。そして、他領土の役付きの姿が見えない理由と、結びつける者がいないとも限らない。
「―――まぁ、よいわ。実の所わらわはそんなに怒ってはおらんのじゃ。」
煽った所で、ブラッドが慌て蓋めく訳でもない。そんな事は百も承知のビバルディは、さっさと気持ちを切り替えた。
「おぬしが現れる少し前の事だが、あの娘が剣を構えたエースと相対したあの時、確実に負けると分かっておった筈なのに、無謀にも臆さずに立ち向かいおった。あのエースにだぞ?女にしてあの度胸、わらわは嫌いではない。」
「それに、」と言って、ビバルディは思い出し笑いをしだした。
「破れかぶれと背に負った剣を抜いたら、おぬしどうなったと思う?柄の先に刀身は無く、奇怪な花を咲かせおったのじゃ。陳腐な手品であったが、やりおった本人がビックリ仰天しおって、その場で蛙の如くピョコンと飛び上がったのだ!見世物は腐る程見てきたが、己の技で驚き慄く道化は初めて見たわ。」
ブラッドにもまるで自分の眼で見たかの様に、その光景が目に浮かんだ。半眼になってブラッドは思った。あいつならやりかねない・・・。
「おぬしが飽きたらその玩具、わらわに譲っておくれ?可愛い我が弟よ。」
ビバルディは魅惑的な微笑みを浮かべて、ブラッドにそうお願いをする。しかし、
「それは出来ぬ相談ですね。女王陛下。」
ブラッドは素気無くそれを一蹴した。
もう自分の願いは聞き届けられた為か、ブラッドは人を治める支配者の顔に戻っていた。ビバルディの方も話は終わったと、いつもの『傍若無人』の鎧を身に纏う。サッと身を翻すと、ブワッと濃厚な薔薇の香りが辺りに充満した。
「ふん、誠につまらぬ男よのう。ああ、わらわはおぬしと違って忙しい身なのじゃ。無能な部下ばかりで、やらねばならぬ事が山となっておる。おぬしも周りの者に気付かれぬ内に、ここから姿を消すが良い。」
ビバルディはイソイソと、しかし手にはしっかりと印籠の付いた小箱を持ち、小躍りしそうな程の上機嫌で闇に包まれた部屋から出て行った。
1人取り残されたブラッドは、闇の中でスーツの中から煙草を取り出して口に咥える。
そして火をつけようとした所で、何かを思い出して、もう誰もいない扉に向かって語りかけた。
「言い忘れましたが、あの女は何者でもありませんよ。」
それを一番知りたがったのは、誰でも無く己自身だった。蓋を開けたら、なんてこともない。
「私の下に偶然迷い込んだ・・・1羽の『鳩』だ。」








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bkm


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