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あれから何日か経った。
目立ったことなど何もなく、転入生による一連の騒ぎも落ち着きをみせ始めた。

交流会で「王子様」は転入生との関係に言及し、そして自分は誰のものにもなるつもりは無いし、誰かを手に入れようとなんてしない、と明言した。
その一言により、足並みが乱れ始めていた我が親衛隊も持ち直した。


「王子様」はいつも通りだ。
それでも、僕を殴って、と言ったあのときの「王子様」の雰囲気と声が忘れられない。
俺の心は沈んだままだった。





放課後、校内の見回りをしていた時。
プールがやけに騒がしかった。
不審に思い、駆けつけるとそこには、青白い顔で何かをわめき、そして暴れる「王子様」の姿があった。


「王子様」は水が苦手なはず。
むしろ、嫌いと言っていい。



「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい」



気が狂ったように謝罪の言葉を口にする「王子様」の姿は非常に痛々しく、いつもの姿の面影など一切なかった。


びっちょりと濡れた髪。
焦点の定まらない瞳。
大きく見開かれたその瞳から涙を流し続けている。

操られるように俺は、混乱する周囲の人の波を掻き分け、「王子様」に近付き、抱き上げた。
その体は、異常な程に軽かった。
同じ、高校生の男なのか、と疑うほどに。


「親衛隊です!」
と叫んでそのまま保健室へ運ぶ。


「王子様」はそのあいだもずっと、うわ言のように謝罪の言葉を繰り返していた。








保健室で保険医が「王子様」をなんとか落ち着かせようとするも、それは無意味だった。
何度も何度も、謝罪の言葉を口にする。
その姿には鬼気迫るものがあった。


そこでふと脳裏に蘇るあの言葉。
「僕のこと、殴ってね」


保険医が必死に押さえつけている「王子様」へ近寄る。

「失礼します!」

俺は、「王子様」の言葉通りに。
その小さな頬へと。


手のひらを叩きつけた。





混乱する保険医の声。
しかしそこに「王子様」の謝罪の言葉は混ざっていない。

「……………………終わりだ」

微かに聞こえた言葉。
「王子様」は正気を取り戻したようだ。

「…先生、「王子様」、落ち着いたようです。」
そう言って、「王子様」を先生に任せて一言断り、俺はプールに戻った。


そこには呆然とした様子の転入生。
「「王子様」は水が苦手なんだよ。驚かせたな。もう大丈夫だから。」
そう声をかけると、転入生は泣きじゃくり始めた。
「俺のせいだっ」
その声音はそうじゃない、と否定して欲しい者のものではなく、心からそう思っているものの声音であった。






それからまた何日も経った。
「王子様」は部屋に引きこもったまま出てこない。
部屋は鍵がしまったまま。
彼の状態が気になるが、誰が訪ねようと彼は部屋のドアを開けず、何の反応も返さずに閉じこもっている。
転入生も彼の事を気に病み、何度も訪ねるが反応らしい反応がないらしい。
不安に思い、俺は寮長に相談して鍵を開けてもらうことになった。
酷く心配していた転入生も連れてきた。
寮長によって開くドア。


その先には信じ難い光景があった。






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