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「僕が日向くんのことが好き?」
愉快そうな声音で「王子様」は答えた。

俺の方に振り返り、そしてにやにやと小馬鹿にしたような笑みを浮かべる「王子様」。
こんな表情は初めて見た。
と、いうよりこんな表情もするのか、といった驚きの方が大きかった。

「面白い事言うね、駆くんは。」
くすくすと笑う姿がやけに様になっていて、少し恐ろしかった。
楽しそうに笑ったあと、「王子様」は俺に向かってにやにやと笑いながら「そっか、そう見えるかぁ。」と独り言のように呟き、そして「日向くんはただのお友達だよ。恋愛感情なんてものはないさ。」と言った。
からかうようなその笑いに背筋に冷たいものが走る。



「日向くんは前に皆に話したさ、大切な人に似てるんだ。少しね。」
そういって今度はいたずらっぽく笑うと、「王子様」は向き直った。

沈黙の中、包丁がまな板に当たる音だけが響く。
気まずくて、何も言えないまま黙っていると、「王子様」は俺に背を向けたままに語り始めた。


「この学校の外に置いてきちゃったんだ。兄弟みたいな子。すごく純粋で、綺麗で、騙されやすいお馬鹿な子。だから僕がずっと守ってたんだ。…だけどね、いつのまにか強くなってた。」
昔のことを懐古し、そして嘲るような口調。
俺はやっぱり何も言えなかった。

「僕はね、みんなが思うほど完璧じゃないよ。ただの埋め合わせさ。日向くんをあの子の代わりにしてるの。」
淡々と、しかしながら自嘲したような響きを伴い、その語りは続けられる。
「君も知ってるよね?僕が水がダメなこと。これが僕の欠陥。もしも僕が水に狂ったら、その時は。」
…僕のこと、殴ってね。そうしたらきっと、目が覚めるから。
脈絡もなく、「王子様」は恐ろしく透明にそう言った。
顔は見えないけど、彼はきっと笑ってる。
透明に。空っぽに笑っている。
なぜだかそう確信できた。


思い返してみれば。
「王子様」はいつでも笑っていた。
それ以外の表情は見せなかった。
彼にとっての"無表情"があの笑顔なのだとしたら。
彼の核心に触れてしまった気がして。
なんとも言えない気持ちになった。



「王子様」は静かに笑う。
何も、感じていない、静かな微笑み。
それはとても美しく、透明なのに底が見えなかった。
どろりとした何かが、彼からも、俺からも溢れ出した。





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