ふあ。

 口に手を当てながらあくびをしたのは、まだ眠気眼のジュード君だった。ジュード君の初寝ぼけ顔。昨日俺が起きた時には、その潤む瞳もキッチンに独占されていたっけ。
 窓を開け放てば、夜域特有のひんやりした風が舞い込んだ。ジュードの部屋は三階にあるから夜景も最高だ。イル・ファンは一日のほとんどが夜だし、朝日を拝めないにしろ、よりすっきりと起きられる気がする。もちろん、カラハ・シャールの乾いた風も、ハ・ミルの鮮やかな暁も、土地特有の風情に溢れていたけれど。

 少しの満足感に微笑みながら、目覚ましのコーヒーを渡す。ぼんやり口づけたジュードは、すぐに小さく眉を寄せた。意外とブラックコーヒーは苦手だったようだ。砂糖のポットを向けると、意外と角ばった指先が、角砂糖を一つつまんだ。


「……あれ」

「ん、」

「ジュードって、何か手を使ったスポーツとかしてる?」

「え……?」

「手、がっしりしてるなーと思って」


 相手がぼんやりとしている間に、カップを支えていない手をとって、自分の手と並べてみる。
 細くて頼りない俺の手に対して、ジュードの手は少し大きく見えた。手首から先も、寝間着をめくってみれば「あ、鍛えられてるなぁ」って分かる。指の皮膚もなんとなく厚い。

 意識がはっきりしてきたらしいジュードが、くすぐったいよ、と手をもぞもぞさせた。素直に手を離すと、ジュードはそろりとマグカップに口をつけ、喉が一度だけ動いた。のを見てたらじとりと居心地悪そうにこちらを伺ってくるので、そろそろと隣に座った。


「故郷で護身術を習ってたんだ。幼馴染のお母さんが師範で……今も一応鍛錬はかかさない、かな」

「へええ……」


 鍛錬という言い方からも、本格的って感じがする。気がする。俺なんて戦う力は一切身につけていない。学ぶ機会もなかったし、自分もあまり興味はなかった。戦う術より治す技術を知りたかったのも一因か。
 護身術っていうと格闘技の様なものだろうか? 演舞とかある感じ? 武術に関しては学がないから、ぽこりぽこりと興味が湧いてくる。友人が、ジュードが身につけているとなれば尚更だ。あれかな、暴漢とか退治できちゃうのかな。温和そうな見た目からは全然想像つかないけど。これがギャップってやつか。
 危ない目に遭ってほしくはないけど、ジュードが技を使うところを見てみたいなと、ぼんやり思った。普段は穏やかなジュードが、気迫を持って拳を奮う。きっと見たことの無い表情をするのだろう。けれど、ジュードが生き物を倒すという様が、自分で想像しておいて、やっぱりどうも似合わなかった。普段からジュードが真剣に医学を学ぶ姿勢を見たからだろうか。

 ふと、どこからか、ゴーン、と耳通りの良い鐘の音が響いてきた。「え、」と顔を上げるジュードの横、ベッドの上で膝を抱え、ずず、とコーヒーを飲み干す。
 うえ、やっぱ苦い。

 霊勢によって、各地で空模様が異なるリーゼ・マクシアでは、一日の時間を二十四つに分け、刻で表している。イル・ファンでは八の刻から二十の刻の間は、一刻刻みで鐘を鳴らしていた。俺たちが起きたのは七の刻、じゃあつまり今の鐘は。


「ちょっ、今のって八の刻!?」

「おお、かもしれない……」

「かもしれないって、そう悠長にしてる場合じゃないよ! エリアスも一限あるでしょ、出る用意しなきゃ!」


 慌てるジュードを尻目にシーツに包まってごろりとベッドに転がった瞬間、薄っぺらい最終防衛線をいとも簡単に、こう、ぺいっと剥がされた。丸まったままベッドに投げ出されてぽかんとする。


「うわ、ご、ごめん!」

「え、ああうん? いや、すごいなジュード」


 うおお護身術ぱわーすげえなどと冗談を醸していたら、予想に反してものすごく謝られた。思ったより勢いがついて投げ出してしまったとかなんとか、いやそう気にしなくていいのにな。そんな事で俺が怒るわけでも、ましてや嫌いになるはずがないのに。
 何だかちょっと凹んだ。まあとりあえず、大人しく寝癖を直すところから始めようと思う。

 トラメス歴2291年、地霊小節水旬(プラン・ヴェル)5の日。今日が終われば、明日明後日ははれて休日だった。







'120304
日付の書き方、時間の書き方、鐘を鳴らす時間帯などは、当サイト独自の非公式設定です。作中や攻略本に記載が見つからなかったので…

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