「エリアスは今日何限まで?」

「五限まで。ジュードは?」

「僕は五限の後に補講があるんだ。先に帰るなら鍵を渡すけど、どうする?」

「んー……ちょっと買い物したいし、先帰っとくよ。あ、ついでに夕飯作っておくから」

「え、ほんと? 楽しみだなあ」


 そう、ジュードから鍵を預かり先に帰宅した。……ひとの家に帰宅と言うのは、ちょっぴり妙な感覚だ。

 家に向かう間で、借りるわけにはいかない、または借りにくい必需品を買い集めた。といっても下着くらいだけど。
 歯ブラシは、ジュードから使い捨てを貰った。使い捨てにしては格式張っている風で、俺には見覚えのありすぎるもの。受験の時にかの有名なホテル・ハイファンに泊まって、特典として貰ったそうだ。
 大都市イル・ファンの中でも一際輝くホテル。貴族の六家も首都訪問時に利用するほどの一流ホテルだ。値段も相応に張るものだから、確かに記念にもなるだろう。
 また、ハイファンは俺のアルバイト先でもある。部屋メイキングが俺の仕事。掃除、歯ブラシや洗顔具、タオルなどの備品を補填する。おかげで部屋の掃除にも癖として出てしまうのだけど。職業病ってこんな感じなのかなとぼんやり思う。


「えっと、水と火の精霊……あ、いるな。せーのっ」


 霊力野からマナを放出して、それをまずは水の精霊に受け取ってもらい、湯舟に水を溜める。それから火の精霊に切り替え、熱してもらった。
 この世界は精霊術の発達により発展を遂げているが、これなら動力いらずでもろもろの料金が浮く。

 生れつき霊力野が非常に発達しているらしく、マナ生成も精霊術も得意だった。そのせいか加減が判らずにやりすぎたり、コントロール面に大きな不安がある。知識は詰め込んでも実践で躓くタイプだ。
 副作用なのか、精霊が近くにいるか、なんとなーく把握、している気がする。最初はもしかしてゴーストでも感じているのかとビクビクしたものだが、精霊術と重ねているうちに、恐らくは精霊だろうという結論に至った。姿が見えるでも意志疎通できるでもないが。

 世話になる以上、もちろん生活費は日割で払わせてもらう。とは言え安く済ませるに越したことはないわけで、こうして自力の湯沸かしなんぞをしてみた。まあ日頃の節約術だけど。
 買い物、荷物の整理、風呂沸かしを済ませた頃には、五限終了の時間になりそうだった。



「ジュード、おかえりー。お風呂にする? シャワーにする? それとも湯浴み?」

「え、」

「……ジュード?」


 扉を開けたジュードがなかなか反応を返さないから、思わず恐る恐る呼んでしまった。
 しまった、ジョークにしてはあまりに二番煎じだったろうか。ぽかんと口を開けていたジュードは、はっと居直って少し笑った。


「ご、ごめん。ちょっと意外だったから。それに僕、あまり冗談とか言われなくて……」

「あはは、ごめんごめん。で、どれにする?」

「どれって、全部似たようなものじゃない」

「じょーだんだよ。も少しで夕飯できるから、風呂入るなら先に入りなよ。あ、熱すぎたらごめんな」

「あ、うん。ありがとう」


 頷いたものの、ジュードは少しぼんやりと立ち尽くしていた。俺がおたまを持ったまま呼びかけると、はっと荷物を置いて、着替えを引っ張り出し、どこか落ち着かない風で風呂場へと入っていった。
 なんだ? 首を傾けそうになって、姿見に映る自分に気づく。つい先日まで日常サイクルに組まれていた仕事が突然抜けたのだ、自宅なのに戸惑うのも無理はない。鍵を預かった時の俺と似た感覚、だろう。

 ポトフが完成した頃、ジュードが浴室から出てきた。ほわほわした笑みで「わ、良い匂い」と褒められれば、なんだか得意げな気分になって、知らぬうちに頬が緩んだ。


「調味料の数がすごいよな、料理できるーって感じする」

「多いだけだよ、一度使ったきりなのもあるし」

「いやいや、使い道知ってるだけでもすごいって! 実家でも料理してたの?」

「ううん、家では母さんが……」


 何かを言いかけて、ジュードは口をつぐんでしまった。背を合わせていたからわからないけど。肺から空気を出しきってしまったからかもしれないし、言葉の先が霞んでしまったのかもしれない。ほんの少し振り返っても、布巾でテーブルを整える後ろ姿しか見えなかった。言葉を掛けようとして、喉を震わせる力をおたまで鍋底をかき混ぜる腕力に替えた。


「朝も思ったけど、ジュードが料理してるとこって様になってるよなあ。俺好きだよ」

「え、ええ!?」

「そんで料理美味いとか反則だよなー」


 器にポトフを掬う。味のしみた野菜がほくほくと湯気が湯気を立てている。誰かに料理を食べてもらうなんて、誰かの為に料理を作るなんて半年ぶりで。それが“友人”相手にだというのも、面白いくらいにわくわくした。


「じゃ、俺は今役得だね。ジュードの美味しい手料理を独り占めできるんだもんな」

「今日作ってくれたのはエリアスじゃないか」

「まーね! 今度さ、ジュードが台所立ってるとこ見てていい?」

「いいけど、レシピ見て作るだけだし、そんなに面白いことないよ?」


 それに、見てるだけより一緒に作ろうよ。スープスプーンやコップを並べながら小さく笑うジュード少年。言われてからそれもそうかと気づいた。ただ何となくの思いつきで、ジュードの作業風景をぼんやり見ていたいと思っただけだけど、そうだなあ。一緒に作るのも楽しそうだ。うーん、俺は根菜が好きだけど、ジュードは何が好きなんだろう? 共有する時間を楽しいと思ってくれているだろうか。


「エリアスって、なんだかすごくエプロンが似合うよね」

「おだてても、もう味変わんないぞ。あ、塩胡椒ならあるけど」

「もう……」


 素直に受け取ってよ。向かいに座った少年がにへらと笑う。そんなこと言ったって困ると頬をかいた。


「うわ、すごくおいしいよエリアス!」


 だってあまりにふわふわほくほくとしているものだから、素直に受け取った後、胸のどこにどう飾ったもんか見当もつかないよ。






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