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▼ 傷つかない為の予防線

 最近、よく兄が怪我をして帰ってくる。
 兄は自他共にドジだと認めているほどで、かすり傷や打撲なんてのは特に珍しいものでもない。ドッヂボールで顔面に青あざを作り、ビリっけつの徒競走で見事にずっこけ、また近所の犬に追いかけ回される……。とかく、幼少期から例を挙げると切りがなく、むしろピンからキリまで品の揃った(おそらくは不本意で不名誉な)武勇伝保持者だ。

 それが、あの、小さな――幼すぎる家庭教師がついてから。

 まず、個性的過ぎる居候が増えた。家庭教師含め幼児が二人、児童と女性が一名ずつの計四人。それから定員増加に伴う出費の増加。一人でいられる時間の大幅な減少はかなりの痛手だ。あと――どうしてそうなるのか全く謎な、自宅の修理費。
 母は専業主婦である。これら全額が出稼ぎに出ているらしい父の収入から算出されるとすると、自宅では普段だらしない父もほんの、ほんの少しだけ偉大に見えてこなくもないから、心底不思議だ。不審といっても過言じゃないけど、生活を工面してもらっている立場上疑えない。

「おかえり」
「ただいまー」
「……兄さん、また怪我したのね」
「あ、これは……友達と今度、相撲大会に出ることになって、その練習で……」
「……そうなんだ」

 気をつけてね。兄さんどじなんだから。
 救急箱を取りに戻りながら、無難な言葉を選ぶ。いつものどじならこんな面倒な言い訳しないから。はっきりしない微妙な返事をする兄はここから見えない。……それでいい。今は見たくない。手を上げてしまいそうだから。
 きっと兄は絶対口を割らない。それこそ、私が卑怯な脅しでもかけない限りは永遠に。どうせその時が来たら、とでも構えているんだろう。妹の心配も知らないで、本人はいつ嘘がバレるかひやひやしているだけなんだろう。

「ばか」
「っ、いって! ちょ、名前! 今明らかに叩いただろ!」
「知らない。……頑張ってね、大会」
「あ、……うん」

 常に消極的で諦めの早い兄さんがここまで一生懸命に打ち込むんだから、よほど大事なことなんでしょ。知らないふりしてあげるから、こんな傷を負わないで。上手く隠せないなら心配ぐらい勝手にさせてよ。
 手当てを終えて部屋に走る。頼られないのがこんなに悔しいなんて、あなたは知らないんでしょう。
 すれ違った赤ん坊と目があったけど、彼は何も言わなかった。





'091205
title:Aコース


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