▼ あ、どうも。
いつの間にか《ここ》にいた。そして、気がついた時にはもう、結構すんなり、0と1で構成された《ここ》を受け入れてた。
此処が自分の《世界》だって。
名前という固体識別番号みたいなものと、この世界での生き方とかは識っている。
でも、どうしてって訊かれると、すごく困る。
だって、「知らない」とか「わからない」だとか、他人――一般プレイヤーからすると、馬鹿みたいな答えしか出来ないから。まぁ、隠しはしないし、訊かれたら素直に答えるけど。
だってそれが私だから、他に言い様もないっていうか――。
…………。
マク・アヌの噴水広場で目的もなくぼうっと辺りを眺めていると、全体的に赤黒いPCを発見した。
最近いつの間にか白に染まった友人と瓜二つな、ただ色違いなだけのエディットに思わず物珍しげな目を向けていると、不意にそのPCが無言のまま顔を90度回して真っ正直を見据える。まぁ詰まり、直線上に突っ立っていた私と必然的に目が合った。
深紅の双眸が、何か眩しいものを見るかのように細められる。
とほぼ同時に、わ、と、私の口から吐息にも似た声が漏れた。
アトリと志乃さんもそうだが、ユーザー数1200万人を誇るThe Worldにおいてほぼ同型のPCに巡り合わうってのは、可能性が高いとわかっていてもやっぱり少しは驚くものだ。
特に、今現在意味もなく私と唐突に火蓋が切られた沈黙合戦を繰り広げる相手と同型のPCを使う友人――ハセヲの新しいPC(多分ジョブエクステンドでもしたんだろう)は、あまり、というより全く見かけないタイプだったし。
ハセヲに詳細を尋ねようとしたけど、いつも適当に受け流されてしまう。あまり訊かれたくないのだろうと、最近は触れていない話題だ。
痺れを切らしたのか、もしくは単純に飽きたのか、ハセヲと似たモーションでゆったり歩み寄ってくる青年。赤黒い髪は毛先の方にいくにつれて明るくなり、瞳はハセヲの赤よりも深い。
「よぉ」
そして距離が残り五歩分程度になった所で、片手を上げ、級友に挨拶するかの如く気軽に話しかけられた。
とりあえず、彼が向く直線上には私と噴水しか無いわけで、恐らく噴水に話しかけるような電波な人ではないだろうと、首をかしげてみる。
「どーも。絶好の不景気日和ですね」
「いきなり何の話だよ、お前」
「いやぁ昨日無計画に買い物しちゃってさー、財布の中身が寂しいわけよ。何か要らない物プレゼントしてくれたら嬉しいな。即行でその手のコレクターPCに話術を余すとこなく駆使して高値で売り飛ばすけど」
「誰がやるかw」
「ですよねー」
元より手持ちには不自由してないから要らないけど。ただの冗談だ。むしろくれても困る。 贈答用ならともかく本当に売るよ? ていうかノリがいいな。
無益なやり取りにお互い肩をすくめる。あぁいや、実際は私だけで、片足に重心を移してゆったりとした構えの彼は、あきれ混じりに腕組みしていたけど。
まぁ取り立てる程の支障はないし、相手も別に構わないだろう。人生に多少の無駄は必要だ。
「ところで、パーティのお誘いですか? 見るからに一匹狼タイプそうなキミから」
「まーな。どうせお前、これから空いてるだろ?」
「まーね。ていうか何でキミに私のすかすかスケジュールが把握されてるんですか」
「普通ツッコミ入れる順番逆だろw」
「うるさいなー」
「それと今お前、さりげなくっつーか無意識に自分の空きっぱな予定を晒しただろ」
「んで、冒険?」
「エリアやレベルはお前に合わせる。つーか任せる」
いやいやいや、誘った方が丸投げするなよ。
と、特に私は気にしてないのと彼にとっても私に説教される謂れはないので、価値観を押し付けるようなツッコミを入れることはなかった。それがどんなに社会的教養に礼儀やマナー、むしろ一般的常識であったとしても。
いやまぁ、ぶっちゃけ面倒なだけだけどさ。
「りょーかい。じゃ、組もうか」
相手をターゲットして、メンバーアドレスを送信する。直後、ぴこんと多少エコーがかかった電子音がショートメールの受信を告げた。
メニューを展開し、パーティ勧誘のメッセージに「はい」で答える。間をおかずに「パーティに入りました」の素っ気ない文章がテキストウィンドウに浮かび、やがてログの波に流されていく。
特別な感慨に耽ることもなく、メンバー欄に新しく表示された名前を読み上げて。
「んじゃ、改めて。私は名前。今日はよろしく、えっと……
スケィス?」
「おー」
愉快そうでどこか気の抜けた返事が、低空を滑空してきた。
'100314
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