静寂を破る三つの足音は、耳を澄ませば聞き分けられるものだ。長ったらしく微量の変化さえもない廊下をひたすら黙して突き進んでいると、やはり暇を持て余す。
ヴァンとはまず話す気も起きないし、後ろの少女に振る話題もない。
……話すことがない、か。本当にそうかい、僕。
「まだなのかい? ヴァン。ずいぶんと奥だね」
おそらくは、神託の盾騎士団の者でもよほどのことが無い限り近付きもしない本部の深部にまで迫っている。
教団も騎士団も最高位は僕であり、だからヴァンが放置されていた部屋を使っているということは知っていた。何かと裏の多い彼がわざわざ許可を取りにきたのだから、なおのこと記憶に焼きついている。
ただ最初はさほど興味も湧かず、書類以上の詳細は求めなかったが。
最深部といっても過言ではなく、正直ここまでの道順が曖昧だ。それでも不思議と埃っぽさがないのは、最近まで頻繁に使われていて、現在も継続していることを証明する。
だんだんとソレらに近付いているのだろう、という目に見える確信。そして虚無。これでは人と接する機会もほとんどあるまい。まさしく本当の意味での隔離だろうか。だが、噂に聞いた限りでは、時折訓練場に出没するようだし。
……あえて自由にはしているが、外と関わりを持つのを望まれてはいない、ということか。
「その突き当たり正面の部屋に」
幾重にも続いた扉をくぐり、ヴァンが指差した方向を見る。
ソレらに用が無い人間ならば、この廊下で行き止まり。あるのは、正面の飾り気ない扉一枚だけ。
扉に手をかけた僕を遮って、一体目はまだ本能的に動く面があり突然だと暴れだす可能性があるからと、ヴァンは先に入ってしまった。こちらは時間を割いているのだから、気を利かせて面会の約束くらい取り付けておいてもらいたい。
別に導師という地位的権力を行使すればどうってことはない、が、それはあまりに気が乗らないのだ。
「あの……イオン、様……?」
周囲を窺いながらおずおずと声を掛けてきたのは、僕の後ろで待機していた少女。彼女は初めヴァンに怯えていたが、今は楽に構えている。
喜びを帯びながらも小首を傾げ、最近傍に居れなかった自分が今回突然付き添いに選ばれたのかわからない様子だった。
「なんだい、アリエッタ」
「ここに御用、ですか……?」
「あぁ」
まだ聞き足りないというようだったが、こちらが極端に短く返すと、それ以上は何も言ってこない。
……さて。僕はどうして、彼女を連れてきたんだろうね。
自分にもよくわからないし、聞かれても逆に問い返したいところだ。
相手はたかが子供二人、加えてほとんど戦う術を持たない。それに比べ、いざとなったとき自分にはダアト式譜術があるし、まずヴァンが許さないだろう。
ただ、ソレを製作することを決めたときに初めに浮かんだのは彼女のことで。
彼女は僕の守護役だ。扉の向こうのソレらと、ましてやこれから僕とすり替わるヤツとは、どんな関わりも持つ必要なんてない。
……ソレらをみれば、やがて生まれる僕のソレも見破ってしまうかもしれない。そして僕は、それを望んでなんかいなかった。
「導師イオン、どうぞこちらへ」
「あぁ」
自分に対しての疑問は二つ。
その二つの答えとなる理由を、僕は最後までに見つけられるのだろうか。
薄暗い部屋に映える朱は、僕に満足感と嫌悪感を与えるとともに、今は要らない思考をうまく絶ってくれた。
H21.5.11 加筆修正・再掲載
[
prev] [
next]
[
back]