永遠に続くこの痛み

「お前は今日から『聖なる焔の燃えカス』……アッシュだ」

 まだ人語を理解できない半身は、目前の威圧する光に怯えきり、反射的に自分の後ろへと隠れてしまった。こちらの服を握り締めて小動物のように体を小刻みに震わせながら縮こまり、だがそれでも相手から視線をはずそうとしない。
 ……おれが遮っているのだから、視線をはずせば少しは軽くなるだろうに、彼はまだそれさえもわかっていないようだった。視線をはずせば瞬時に食い破られるとでも思っているのだろうか。

 ただわかるのは、このむき出しの恐怖は赤子のむき出しの心そのものであり、それを感じさせているのが目の前の男なのだということ。だからおれは今こうして両腕を広げ、半身を守るために庇い立っている。少しでも、彼の不安を和らげることができるなら。

「未だ人語を理解できぬか」
「……こっちのおれ、おれと一緒にいつも頑張ってる」
「二体目はすでに知識を得ている、か。……表舞台に立つこと無い以上、良い異常発達は魅力的だが、伴うリスクが大きい」
(リスク……?)

 皮肉に嘲笑し、ヴァンはそのまま何事もなく退室していく。彼は今日なにをしに来たのだろうとか、そういう疑問は一切浮かばなかった。
 際限なく渦巻く余分な思考が振り払えなず、不意に襲った鈍痛に苛まれる。

 ――大きなリスク?
(おれに対して?)
 ――表舞台に立つこと無い?
(おれはずっとここにいるのか?)

 ……どうして?

 右肩に刻まれた『02』の刻印。重要な立場でない、価値を求める必要も無い自分。あの人が必要としているのはアッシュだ。おれはアッシュが死なないよう生かされているだけ。そうでないならとっくに『廃棄』されていたって。
 大きなリスク……生命に関わるほどの負荷? ……それが、アッシュにまで関わりを持ってしまったとしたら?

 おれにとっての『消える』は二種類。アッシュに還ることで『生きる』か、その期限までに肉体的損傷によって『死ぬ』か。
 ――自分はそう遠くない未来に、……『死ぬ』の、だろうか。

 博士から、アッシュとおれは特殊な間柄だと聞いた。
 希薄な存在ゆえに、何が起こるか予測できない。どんな異変が起こるか、まったく。たとえば――おれが死ねば、アッシュも道ずれにしてしまう、とか。

(……そんなこと、)

 アッシュは、おれのすべてだ。そしておれはアッシュが生きるために生かされている。

 ……でも、それなら、なんで。
 なんでおれは生まれてきたんだろう。

 もともとアッシュに吸収されていれば、おれが生まれることもなかった。おれの生死が、アッシュにまで影響を及ぼしてしまう可能性だってそう。
 これではただの荷物だ。四肢を重い枷で縛り付けてしまう、ただの重荷。
 おれは、なんだろう。

「……アッシュ」

 ……そうだ、名前。
 『おれ』の証明が、欲しい。
 おれというレプリカが存在していて、ソレはずっとキミのそばにいたのだと『おれ』が覚えていてくれるように。いつか、きっとそれが『おれ』になる。
 そしてこれは紛れもなく、『おれ』に対する、……裏切り行為だ。

「ごめん」


 
 そして俺は、俺たちを作った人物のもとへ。戻ったときには声を張り上げて泣きだしていた君を、俺は右肩の痛みに苛まれながらずっと慰めていた。






'090511 加筆修正・再掲載



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