衰運には逆らえない私

 二体目のルークレプリカは、著しい成長を遂げていった。レプリカにはつき物の、身体的異常発達だろうと推測する。
 作られた一ヶ月後には歩けるようになり、また一ヶ月には人語を、そしてまた一ヶ月後の今日は、単独で剣さえ振るようになっている。……もう一人の自分からひと時も離れることなく、だ。

 今日もまた一体目を連れ出していったかと思えば、訓練場に二人して姿を現した。やっと人の手を借りてなら歩けるようになった一体目は、座り込んだまま遠くの木刀を興味深げに見つめ、二体目はそのすぐ傍(といっても、鍛錬の間一体目に害が及ばない程度の距離をあけて、だ)で真剣を振るっている。
 そしてやはり、突然二体とも興味を無くしたように立ち上がり、真剣をそこらに放り投げ、何事も無かったかのように去っていく。

 そしてもう一つ不可解な点。
 あの二体はお互いに同位体だ。それなのに、超振動どころか擬似超振動の予兆さえも見えない。触れた瞬間に『二体は一体分の存在』になって、ローレライの音素振動数へと変化するのだろうか? このレプリカ同士における大爆発現象の可能性は?
 …………。

「……博士?」「ンなっ……なんだ、あなたですか」

 深く考え込んでいたからか、その侵入者に気付けなかったらしい。正体を見て簡単に納得してしまったのは、いままで何度となくこの子は無許可で入室してきたからだ。
 ……慣れ、である。

「まったく、何度言ったらわかるんです。部屋に入るときはノックくらいしなさい!」
「したよ」
「返事を待ちなさい!」
「でも、返事がなかったから」
「それは招かれていないのですから、入ってはダメです!」
「……?」

 人との関わりがほとんど無い彼らには、未だに距離感という概念すらないようだ。自身が優秀すぎるせいで周りと一線を画していると理解しているディストだが、これには流石に頭を抱えた。

 そういえば、見よう見まねでもできる剣術はともかく、彼はどうやって人語を理解したのだろう。人語も歩行も剣術も現時点では全て独学、しかし一般教養や知識はてんでなっていないというデコボコさ。
 因みに二体の世話や教育は、導師の護衛やらなんやらで現在手の離せないヴァンに全面的に任されているディストだ。
 他にも人手はある、何故私なのだと反論する気は、何故か起きなかった。

「今日はなんです? 本でも読みに……」
「いいって言われたやつは、全部読んだ」
「……そうですか」

 それにしては、一般教養も何も身についていないように思えるのですが。この際何も言わないでおくディストである。これまで何度もたしなめたが、その場しのぎに頷くだけで、実践するところなど見たためしがない。

「ねえ、博士」
「はい」
「オレに、名前付けて」
「はい。……はい?」

 最初のはただの相打ち。
 二回目は、ただ唖然と。
 ……我ながら間抜けな声を出してしまったと思う。だがそれほど、この子供が言い出したことはあまりに突然で予想外だったのだ。

 呆然と空いた口を引き締め、こほんと一つ咳払いし、無垢だがどこかやる気なさげな目線を合わせる。

「……なんですって?」
「あっちのオレは、総長に『アッシュ』って呼ばれていた。それなら、オレもアッシュなのか?」
「…………」
「こっちのおれと同じなのが嫌なわけではない。……けど、……オレも名前……欲しい。……駄目?」
「駄目、ということはありませんが……。自分で決めてしまえばいいではないですか」
「自分じゃ考え付かない。それに意味が無い」
「意味が無い?」
「……早く、博士」

 待ちきれない、というようにじっと見上げてくる。
 そういえば彼の後ろに一体目……アッシュの姿はなかった。珍しい。

 ともかく、名付けるまでこの子は出て行かないのだろう。腕を組んで数分悩み、そしてぽつりと呟く。

「アークはどうです?」
「……」

 少年は幾度かアーク、と呟いて、生まれて初めて与えられたものをかみ締める。それがあまりに長いものだから、気に入らないならラルゴやリグレットにでもと言いかけたところで、少年はゆるく首を振った。

「ありがとう、博士」

 無垢で、純粋に『喜び』を感じている少年の瞳に無意識に魅入ってしまう。
 ……私はもしかすると、とても取り返しのつかないことをしてしまったのではないだろうか。
 そうぼんやり思いつつ、背を向けた少年をぼんやり眺めて見送った。

 まさか、私はあの不思議で正体不明のレプリカに、囚われているのではないかなどと。



 
 果たしてそれは、衰運だったか盛運だったか。






'090511 加筆修正・再掲載



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