柩の中の夢物語

 この会って数年しか経たないこの男への協力も、それが招く結末も、先生の復活へ一歩近付くのだと考えればさしたる問題ではない。それはなにも彼の真意や目的だけではなかった。各地の動乱や世界情勢。情報は入ってくるが、興味をひく対象になりえるものはこれ一つ存在しない。
 先生を甦らせる。
 私の至上の目的。ひいては、あの頃に戻るためのプロセスだと考えれば、なおのことだ。

 数日前にその男が連れてきたのは、気絶した赤毛の子供。紅の髪に、大きく見開かれた緑の瞳。その血族には心当りがある。末恐ろしいですね、と口だけで発した言葉はどこまでも空虚だ。

「信じていたのに」
「何故ですか」
「どうして どうして」
「どうして」

「――せんせい!」

 悲痛な叫びが、少年の喉を傷つけて張り上げられる。乾ききって、裂けて、血が滲んでしまっているだろうに。しばらくすれば意気消沈し、逆に人形へと変貌してしまったが。
 毎日痛々しく耳をつんざくそれを、ただ哀れだと聞いている。

 あの男の話では、ローレライの音素振動数と同じ音素振動数を有しているという少年。それは秘預言によって確認済みだとも、この男は言っていた。
 つまり。第七音素そのものが、今自分の目の前に提示されている、と。自分にとってはこれ以上ない研究対象である事実。これを逃す手はないのだ。

 そして、現在。その子供はフォミクリーの台座に一糸纏わぬ姿で横たわっている。生れ落ちる前からキムラスカの将来を約束されていた少年が。
 この子供のレプリカを作れと、あの男は命じた。そして自分に異論などない。
 子供を台座に寝かせ、起動ボタンを押したのはついさっきだ。その横にうっすらと姿が浮かび上がっていき、やがてはまったく同じ人間になって――。

 ふと、目を凝らす。おかしい箇所は見当たらない。機器は正常に処理をこなしている。
 先生の復活に近付くため、その確かな一歩を毎日積み重ねてきた。今日はその試験。試行。良くも悪くも、その結果は貴重なものとなる。そう、異常など無い。……本当に?

(第七音素が、必要最低限の規定量さえも、……満たしていない?)
「おかしい。いつまでたっても残りの音素が結合しません」

 外見も臓器にもなんの損傷もないというのに、わずかな残滓が吸収されないままでいる。それなのにもうレプリカ本体は構成を終え、同位体ではなかったものの、穏やかに呼吸をしていた。
 ……必要最低限の音素さえ必要としないレプリカ? そんな馬鹿なことあるはずがない。
 実験の作動におかしな点はなかった。かつての友が放棄した研究を引き継いで、試行と改良を重ねて。少年のレプリカ情報も、念入りに細部まで調べ上げた。なのにこれはどういうことか。
 あらゆる憶測が脳を巡り、一つ息を吐く。きっとすぐに音素乖離するだろう。だが、この数奇な現象から目が離せない。

「……まぁどのみち、結局は音素乖離して消えるか衰弱死するかのどちらかでしょうがね」
「失敗作か」
「大よそは想定していたことでしょう。そう簡単に同位体は作れませんよ。例え同位体であっても、コレではあなたの計画の邪魔にしかなりませんね」
「もう一度だ」
「今日ですか? 生身の被験者を伴うレプリカの生成は、被験者に大きな負荷がかかります。……あぁ、ちょっと待ってください。消えないうちは私の研究に……。……?」

 ヴァンが荒々しく出来たレプリカを引きずり下ろそうとしたところで台座に視線を戻し、目を細める。何かが起こっている。曖昧な表現を用いざるを得ない、まさしく、異例の。

 第七音素の残滓が一箇所に集まり、小さな人の形……まさしく子供の体系ほどを模り始めたのだ。

 以前にもこのようなことがあったが、集束されずにそのまま発散してしまった。結合が弱く構成まで行き着かないのだ。だが――今回は止まる様子がない。ましてや。

「……なんてことだ」

 呆然と呟いた。それは自分のはずだが、本当にそうであるかも判断がつかない。それほど、驚くほど冷静さを欠いていた。
 どさりと鈍い音を立てて、ソレの腕が音機関の上に落ちた。

 何故、どうして。
 ……どうしてあの量で、もう一体レプリカが現れる!?

 ありえない、ありえない。もう一つの変化であってにも同様に。

「……ヴァン、そのレプリカ二体を触れさせてください」

 意味がわからないというように、眉根を寄せるヴァン。だが、こちらが言ったとおりに掴んでいたレプリカの腕を放し、そのもう一体の上に重ねる。
 直後――音素振動数の測定値に、期待通りの変化が。

「……そんな馬鹿な」
「何事か説明しろ」
「同位体です。……“二体で、一人”の」
「なんだと?」
「二体目が微かに触れた瞬間、測定値はあなたから聞いたローレライの音素振動数通りに変化しました。つまり、普段は違っても“触れていれば被験者と同位体になる”レプリカたちなんです」

 この後。
 被験者の子供は一部の記憶を失い、牢の前に現れた師を助けに来てくれたと泣き、喜んだ。真実を忘却して。


 
 さぁ、目を開けよう。




'090511 加筆修正・再掲載



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