腕の中に倒れこんだ子供を冷たい瞳で見下ろし、こちらに彼を預けた男は腕を組んだ。
「もうじき、か? 惜しいな」
「いえ、これは違うでしょう。不安定過ぎます」
身体から光を放出し、固く目を瞑るアークの唇から苦悶が滲み、脂汗が頬を伝っている。このまま放置しておけば、恐らくこの子もろとももう一体のレプリカだって消滅してしまう可能性が高い。
少年の体を抱えなおし、処置室――自分の研究室である――に急ぎ運ぼうとした直前、ヴァンが待った区別の話を切り出したものだから、無意識に眉根を寄せた。
「導師のレプリカが完成した。……といっても、被験者とは比べ物にならないほど劣化しているがな」
「そんなものとっくに知っていますよ。今はレプリカに相応の知識を与えている段階です」
被験者イオンは時折発作を起こしており、未だ公務に支障が出るほどではないが、彼つきの導師守護役に不調を感づかれるまでになってしまっている。つい先日代わりとなるレプリカの生成もようやく成功のラインまで達し、七体目のレプリカイオンは今日も知識の吸収に励んでいるところだというのに。
その無理やりな微笑を思い出し、ふと前々から疑問に思っていてもぶつける暇がなかったそれを口にした。
「そういえば貴方、一体どういう風の吹き回しです? 自分で廃棄を命じたレプリカの生き残りを拾ってくるなんて」
「駒は多いほうがよいだろう」
簡単に従うものかわかりませんがね、と視線を逸らし、腕の中の少年の脈を計る。生命に危険はない程度だが、だんだんと低くなっているのは確かだ。
「アッシュのほうは何をしている?」
「知りませんよ。この子ならば把握しているのではないですか?」
ああ、訳の分からない苛立ちが募っていく。ふむ、と腕組みしたまま何かを思案しだす彼を尻目に、浮遊する椅子を操作してその場を去る。
「頃合、か」
その発言の意図と詳細を問いただしたかったが、とめどなく押し寄せる焦りと不安に譜業椅子を止めることはしなかった。
円形の台に彼を寝かせ、機器を立ち上げる。モニターに表示させる計測結果の変動を確認しつつ、はぁ、と、様々な感情が含まれているらしい大きなため息をつき。
――自分はただ、珍しい事例のレプリカを失うことを避けたいだけだと。
先生に近付いているのだと、ただひたむきに信じている。
H21.5.11 加筆修正・再掲載
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