途切れる息、途切れる思考

「動くな」

 例え動けと命令されても、指先一つ動かせなかった。
 自分の聴神経を信じられなくて、目前に立ちはだかる影に呆然と立ちすくむ。感覚神経から伝わってくるもの全てが不鮮明で、唾を呑み込んだ音が、鼓動が、やけに響く。……耳障りなほどに。

「――……っ!」

 ヴァンの恐ろしく冷徹な蒼の眼差しと視線が重なり、反射的にびくりと過剰に震え上がった。同時にぐしゃりと顔が歪んで、吐き出したい言葉が矢継ぎ早に口へ押し寄せ、叫ぼうとした瞬間剣先を首に突きつけられて牽制される。

「……迂闊ですね、ヴァン」

 それはあの肩身狭い生活の中で、数少ない信頼を置ける人物の口から放たれた。
 無意識に縋るよう目線を上げて、その白髪に負けないくらい青白い顔にはめこまれた目の光に愕然とする。……なんて無感情な声色だろう、と、なんだかまだ現実味を帯びずにぼうっとしている自分を叱咤して。
 彼も結局、この人の仲間だったのだ。

 途端、胸が締め付けられるような息苦しさを感じた。視界がわずかに歪んで、慌てて悟られまいと瞬く。
 ただ今日は特に気分が優れなくて、でも触れ合うとアッシュにまで影響が及んでしまうようだから、負担をできるだけ軽くしようと、うまい理由をこじつけて抜け出してきて。
 きっとアッシュは剣術の鍛錬にでも出向いているだろう。……そういえば、剣舞以外に体を動かす方法が思いつかないな。おれに比べて活発的なアッシュは、最近自主的に練習にも励んでいる。前まではおれが優位にたっていたけど、この間はもう五分五分で、最近は運動さえままならなくなっている。
 壁に手をつきながら、ついでにイオン達も見つけられたらいいなぁなんて、ぼんやり考えて。
 それで、たまたま通りかかった部屋――博士の研究室の一つだ――から聞き覚えのある声がこぼれてきたものだから、思わず我流で気配を押し殺し、聞き耳を立てて、案の定気付かれて。

 ―――四年後の秘預言を?

 漠然としかつかめないが、とにかくおれ達が深く関係しているということは理解し、下唇を噛む。

 ――……あぁ。
 総長の計画のためだけに作られた、なんて、そんなの知ったことじゃない。
 作られなければ、自分達は、お互いを大切に思うことも、幸せをかみ締めることも出来なかっただろう。
 ……でも。それでも。
 作られなければ、幸せも苦しみも知らず、こんな末路も背負わずに済んだのだ。

 気分が悪い。吐き気が酷く眩暈がする。
 ぐにゃりと世界が歪む。平衡感覚が働かない。
 その割には、いやに視界が明るくて白っぽく。
 何かに抱きかかえられるような浮遊感を最後に記憶が途切れて。

 このことを知っても、彼は生きたいと望むだろうか。
 おれはこの先一度でも、死にたくないと願うだろうか。
 ひたすらに祈ったとして、ひたむきに行動したとして……それは果たして叶う日が来るのだろうか。

 ……おれが頑張ったら、アッシュは笑ってくれるかな。

 


(なら俺はキミのためだけに。それが俺の存在理由)



ND2015







H21.5.11 加筆修正・再掲載



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