もとより色白ではあるけれど、今日は特に顔色が優れなかったから。……すぐそこまでだけど、送ろうかと思って。
伸ばした手を払い除けた指は、酷く汗ばんでいて、酷く、冷たかった。
「あ、……ごめん」
「……イオン」
「大丈夫だから」
今日は、もう帰るね。
ついさっき訪れたばかりなのに、イオンはゆっくりとした足取りで、こちらに背を向け、廊下を進む。
イオンと会って、もう二年目になった。
ということは、おれ達が生まれて、もう三年。
おれもアッシュも同じように成長した。
この間はケーキを食べた。一年前みたいに甘ったるくて、アッシュが大好きなフルーツケーキ。
いつからだったか忘れてしまったけれど、アリエッタという少女が、おれ達の輪の中に加わっている。きれいな桃色の長髪を靡かせて、はにかむような笑顔が愛くるしい少女だ。
時折幼い魔物を連れていて、初めのうちは怖がっていたアッシュだけど、やっぱりすぐ懐いていて。
……あぁ、そういえば、リグレットという女性にも会った。ヴァンの後ろに控えていて、物珍しそうにこちらを控えめながら見つめていて……その眼差しに対して、アッシュが過剰な警戒心を示したのは言うまでもなく。
あぁあぁ、そんなんじゃない、そんなんじゃなくて。
この一年ですでに言葉もしっかり定着した(イオン達に言わせれば、言葉が悪いらしいけど)アッシュが、数歩進んで一瞬戸惑い、伸ばした手をひっこめた。
「なぁイオン、ホントに大丈夫か?」
「……大丈夫だって。ちょっと、昨日まで忙しくてさ。疲れちゃったんだ」
「なんだよ、だったら休んでればいいのに……」
「だって、アッシュが寂しがるでしょ?」
なっ! と顔に朱を刷って、後頭部に手を回し、ぶつぶつと呟く彼にイオンがくすりと背中越しに笑う。その華奢な背中に何か言おうと、開きかけた口をふと閉じ、拒まれた手をじっと見下ろす。
「……アーク」
「何? イオン」
「ごめん、手」
「なんともないよ、こんなの」
「……そっか」
それなのに、ごめんね、ともう一度言われ、なんと返せばいいのかわからず、結局はゆっくり休んで、の一言に留まった。彼は小さく肩を揺らし。
「……くそ……」
ついにガタが出始めた体に悪態を吐いた。
……なんで、なんでこんなに息苦しい?
まだ完成していない。やりたい事も、やらなくてはいけない事もたくさんある。
あと、二年。……二年もあるのか? 本当に? もし十四になってすぐ死ぬというのなら、あと一年と数ヶ月しかないじゃないか。
予兆があるだけマシなのか、普通は知らされないはずの死の預言を知っているだけ覚悟ができるのか。
馬鹿馬鹿しい……そんなはず、ありはしないのに。
「エベノス……貴方は……」
治まりつつある発作に眉をしかめて、ただ呆然と、ひと気の無い見慣れた廊下に独りで佇んでいた。
H19.10.21
展開が早くなります。途中の小噺などはいつか短編で。
H21.5.11 加筆修正・再掲載
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