位牌を片手に

 ……へぇ。
 自分と同じくらいの背をした少年達を見て、僕は口元をわずかに歪めた。予想以上に精巧で、期待以上で、でも確かに憎悪が根底にあって。

「これがレプリカ?」
「イオン様……?」

 気味が悪いほど『同じ』だ。
 真っ正面から向き合う彼らに、閉じていた思考が軋みだす。ゆっくりゆっくり動いて、閉じ込めていた何かがあふれてくる。

 ……この子供が、レプリカ。
 ヴァンの計画のためだけに作られ、その土台になるだけの哀れな生き人形。
 僕にもこんなのができるわけ?
 あぁあぁそうさ、作るんだこれから。
 僕はヴァンの計画に乗った。僕がそう望んだ。この狂った世界に劇薬を贈るために。
 警戒に鋭くされた眼差し、ヴァンを見て恐怖に震える身体、どんなに表情を変えたって、どこもかしこも全部が同じ。髪、眼、脚、腕、顔、そう、まだ、まだまだまだまだたくさん!
 これが双子なんかじゃなく、人の手によって創られた人口のモノだって?



 僕にも同じモノができて、 僕でもないのに僕のあとを引き継いで、……預言に縛られることなく、『僕』として生きるって?

 僕は、*んでしまうのに?

 頭が痛い。全身が痺れる。
 背筋が冷たい。酷い吐き気。
 世界が歪む。黒く。赤く。

 壊してしまいたい。レプリカも、預言に溺れたこの世界も、……僕自身も。いずれは奪われる、僕の、陽だまりさえも。

「イオン様……!」
「……あ」
「イオン様っ、大丈夫、ですか……っ」

 視線を落とせば、袖を引っ張って涙目で見上げてくる少女がいた。レプリカ二体も、いつの間にかじっと見つめてきていて。
 きっと僕は、よほど酷い顔をしている。

 彼女も僕が死んだことには気付かないんだ、だって僕はレプリカのことを話さないんだから。

「……導師?」

 髪が短いほうのレプリカが、僕の階位を呟いた。ヴァンがわずかに眉を動かし、男にしては長い髪のレプリカが身を竦めながらも気丈に視線を外さない。その両手は、必死に短髪の服を握りしめていた。

「アリエッタ、すまないけど、今日はもう下がってくれないかな」
「あの、でも……イオン様、」
「そのかわり、明日は一緒に散歩でもしようか。……他の導師守護役には、内緒でね」
「……! はいっ」

 ちょっと微笑んでそう言えば、彼女は嬉しそうに顔を輝かせて頷いて、ぱたぱたと去っていく。
 引き止めるように手が勝手に動いたけれど、僕は笑顔を崩しはしなかった。

「ヴァン、お前も下がって」
「しかし」
「僕にはダアト式譜術がある。こいつらが歯向かってきても、動けなくなる程度に叱ってやるさ」
「……御意」

 ヴァンの怪訝な目を感じたけれど、知ったことではない。重ねて出て行くように急かす。長髪のほうがそれを見て、肩の力を思いっきり抜いたようだった。比較的にリラックスしてこちらを見つめている。
 さて、と呟いて、薄く笑いながら振り返った。

「……なんだい?」
「……何かこわいの?」
「は?」
「だから、」

 何が、怖いの?

 目を細めて、まっすぐにこちらを見つめる、翡翠の瞳。……こんな状況で、僕はそれがとてもキレイに見えた。なんて、馬鹿馬鹿しい。

「何を言ってるんだい?」
「アッシュが怖がってるときと、同じ目してた。……何か怖いの?」
「あえて言うなら、君たちの存在だね」

 人間はいつかガラクタに成り果てる。では、レプリカは?
 何も残さず……それこそ、使えないガラクタさえも残さずに、消えて逝くのだろうか。
 言ってしまえば、彼等は第七音素の塊が意思を持ったようなものだ。音素に還って世界を循環する。
 レプリカは預言に縛られない。生前とて預言に囚われることなく呼吸して。でも、人間は預言に縛られるガラクタで。

 …………預言ってガラクタを、壊すためだ。僕はそのために、レプリカという不調和をつくって、利用しようと思っていたんだ。……壊すために。

 自分の思考だというのに、それは目まぐるしく変わる。それからがつんと何かを叩き込まれる感覚。それでも逆に、体は驚くほど軽くなって。
 なんだか、面白い玩具をみつけた気分だった。

「……改めて挨拶といこう。僕はイオン。おまえたちは?」

 叶わなかったときの絶望を味わいたくなかったから、曖昧な希望なんて持たないし望まないつもりだった。もう生まれ、預言の軌道に乗せられてしまった僕には、もうどうしようもない。……生活は変えられても、『死』の預言からは逃れられない。
 ……君たちは、僕の未来さえも変えてくれる、劇薬になってくれるのかい……?

 ヴァンの計画に反対する気もなければ、ここで降りる気も無いけれど。……なんだか、ガラクタを壊すためだけにこれから生きるのが、急につまらなくなってきた。
 面白いものを見つけたんだ。僕に何かを与えてくれそうな存在を。それに、あの預言狂いの愕然としたアホ面を見るのも、一興じゃないか。
 ともかく、今はなんだか……無性に彼女に会いたいんだ。

「よろし、」
「でもね、やっぱり僕は君たちが怖いよ」
「……俺は、イオン、怖くないよ。……たぶん」
「そう」

 僕は、僕のレプリカを作る。でも、僕の陽だまりはやらないよ。
 たとえ僕がガラクタになってしまっても、僕が持っていくんだ。
 ……君たちには、劇薬になってもらうんだから。



 もしかしたら彼らは、そこらじゅうにありふれた小石だったのかもしれない。たくさんあるけれど、決して同じ形はないヤツら。死へ向かってただ歩いていた僕を躓かせた、小さな、小さなモノ。
 地面に倒れて、ただ消えるのが急に惜しくなって。見えない力に引きずられる僕は、必死に地面へ爪を立てた。





H21.5.11 加筆修正・再掲載



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