――何もかもが、筋書き通りだった。
当たり前のことなのに、それが私にはひどく空しく思えた。


あの後、ディアボロの情報を探す私達の元に恐らくポルナレフだと思われる男性から通信が入った。彼は言った。ローマのコロッセオで落ち合おうと。そうしてボートはスタンド使いに襲われることも、些細なアクシデントも無い、実に安定した状態で着実にローマへ――"終幕"へと向かっていく。

「……ここが、ローマ。」

頭上に広がっていた晴天はすでに姿を変えて、黒々とした夜空が広がる。そして暗闇の中に浮かび上がる幾つかの光。その光が村の明かりだと気がつくのに、そう時間はかからなかった。
そして私は一旦亀の中に戻ることにした。ここは彼ら――ナランチャとミスタに任せるのが一番だろうと判断したからだ。亀の中ではトリッシュが不安と恐怖を混ぜこぜにしたような表情を浮かべてソファに座り込んでいた。私が「トリッシュ。」と彼女の名を呼べば、僅かに肩が揺れた。桃色の髪の隙間から見えた瞳は、やっぱりどこか不安そうだった。

「大丈夫、トリッシュ?」

トリッシュの隣に腰を下ろしながら、そう問いかけてみた。トリッシュは一瞬呆気に取られたような表情をするとしばらくした後に囁くような声で「やっぱり、似てるわね。」と言った。一体何のことかと私が首を傾げれば付け加えるように彼女は姉の――リオの名を上げる。

「初めて会った時、同じことを言ってくれたの。」

小さなメモに、同じ言葉を綴って、守ってくれた。
そんな彼女の言葉に、私は鼻の奥がツンとした痛みを訴えてくるのを感じた。油断すれば涙を零してしまいそうだった。姉は消えた。世界から、遺すことを拒絶された。
あぁ、だけど――皆の中には、存在が残っている。

――私も、遺れるだろうか。
出来ることなら、大切な仲間と"彼"の中に、残ってほしい。そう思った。







突然、トリッシュの口から悲鳴が零れた。
彼女の太ももに、カビが生えだしていた。そしてそれは彼女だけではなかった。亀の中にいた私も、ジョルノも、アバッキオからも、カビは生え出していた。体内から突然生え出したカビは瞬く間に体中に広がっていこうとする。止めることは――不可能だ。

「……飛んで、ナランチャ!!!」

早く上陸するんだ、と叫んでみるがすでにナランチャは行動出来なくなっていた。カビの侵食が進み、それは彼の足までもを蝕んでいこうとしていたから。一度は傍観してみようと思ったのだけど、仲間が傷つくのを黙って見続けられなかった。だから私は亀の外へ飛び出そうと入り口へと手を伸ばす。しかしそれよりもジョルノの声の方が速かった。
攻撃の「きっかけ」が何かあるはずだ、とジョルノが叫んだ。それに被せる様に私も叫ぶことにした。

「ナランチャは下に降りたから!!! だから攻撃された!! "自分の身体より低い場所に移動する"ことが攻撃のきっかけなのよ!!!」

叫ぶと同時にナランチャが上陸しようと身体を動かしたのが分かった。僅かに亀が揺れて、入り口からはナランチャの動揺する表情が見える。しかしそれは少し遅かったらしい。とうとう彼の足が崩れ始めた。それに気づいたらしいブチャラティはナランチャに亀をミスタに向かって投げるように言う。しかしそれも少し遅かった。ナランチャの手はぼろぼろと崩れて、亀は宙に放り出され――そして落下する。
何もかもが終わりだと思われた。

その刹那、数発の銃声と轟音が聞こえた。

亀とナランチャの身体が浮遊する。
入り口から、爆発し炎上するボートの姿が垣間見えた。

そして戦闘不能となったナランチャと入れ替わるようにブチャラティが亀の中から出て行く。
反対に亀の中に入ってきたナランチャや私たちの傷口を見て、ジョルノは僅かに顔を顰めた。「治療は出来そう?」と問えば彼は首を左右に振りながら「この村では治療できない。傷口に生きているカビがついているからだ…」と応えた。そんなジョルノとともに私はナランチャの傷口に包帯やガーゼなどで応急処置を施す。カビが傷口の表面を覆っていて止血のような役割を果たしていて、少しほっとした。そうでなければきっと、今頃ナランチャは大出血を引き起こしていただろう。そうして応急処置を終えた後は自らの腕に包帯を巻きつけた。左腕に鋭い痛みが走るが、耐えた。
この先起こることを想像すれば、こんな痛みなど序の口に過ぎないから。


「少し、冷酷すぎるわ…ブチャラティ。」

呟くようにしてトリッシュが言った。傍に居たナランチャや私は首をかしげた。"冷酷"? あのブチャラティに対して最も似合わない言葉だと、私はぼんやりと思った。
トリッシュ曰く――ナランチャの命よりも亀を優先したことに、怒りを覚えて「冷たい。」と感じたらしい。彼女の言葉にナランチャは呆気に取られたような表情をした後「俺、女の子の気持ちとかよくわかんねぇけど…」と前置きしながら言った。

「ひょっとして、「大丈夫か?」って気にかけてもらいたかったわけ? 君自身が……?」

ナランチャのそんな言葉に今度はトリッシュがきょとんとした表情を浮かべた。そして少しの間をおいて彼女は「誰が、なんですって…?」とナランチャに聞き返す。
ナランチャは半ば話題を放り投げるように「ま…今はローマに無事に到着するのが重要だよ。」と言い、その後付け加えるようにしてトリッシュに「その後でゆっくり自分の気持ちに気がつけばいい。」と言いい、痛みに耐えるように目を閉じた。

遺されたトリッシュは頭上に疑問符を浮かべたまま、どこか腑に落ちないような表情をしていた。




 
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