何とかチョコラータとセッコとの戦闘を半ば逃げるような形で終わらせて、私たちはローマのコロッセオへ車で向かっていた。ナランチャは先ほどの戦闘で疲れたのか――いや、もしかしたら傷の痛みで気絶したのかもしれない――小さな寝息を零しながら眠っている。ふと、頭上を見上げればミスタが僅かに訝しげな表情で「どこにもカビにやられなかったのか?」とブチャラティに問う姿が見えた。その隣で、ジョルノが動揺するような表情を浮かべた。きっと――いや、確実に彼は気づいている。

どうやらミスタは眠ったらしい。亀の外から、微かな寝息が聞こえた。
亀の中を見渡せば、皆疲れを癒すように眠っていた。トリッシュも、アバッキオも、椅子に座り込みながら目を閉じている。目を開けているのは車内に居るジョルノとブチャラティ、そして亀の中の私だけだ。

皆の寝息の中、小さな声で会話が聞こえた。耳を澄まさなければ聞き逃してしまいそうなくらい小さな声だった。

「だんだん皮膚の感覚が…いや、最初からすでに無かったかもしれないな。」

驚くことも、恐怖することもなくブチャラティはそう言った。同時に彼は言う。「運命として受け取った。」と。彼の言う運命が――天がちょっぴりだけくれた偶然の運命が、今のブチャラティを生かしていた。


――あぁ、やっぱり守れなかった。
気がつけば泣いていた。彼を「運命」とやらから守れなかったこと。彼がもうすぐ死んでしまうこと。それらがぐちゃぐちゃになって、頭の中を渦巻いていく。

――守れなかったなら、壊すしかない。
どうにかして彼の「運命」を壊す。それしか、方法が見つからなかった。具体的にどうやって、どうすれば運命を壊せるのか、それすら分からないのに――それでも壊してやろうと思った。

「絶対に、認めない。」

彼が居ない世界など認めない。
そんな世界を創るくらいなら私の命を消してほしい。
ねぇ、天にいる神様? 聞こえているならどうか私の願いを聞き入れて。彼の居ない世界なんて要らない。そんな世界を創るくらいなら―――私の命を、彼に与えて。

なんて愚かで馬鹿馬鹿しいことだろうと、自嘲した。神様なんてきっと居ないし、天なんてものも存在しない。あるのはただ不条理に降りかかるだけの「運命」だけなのだ、きっと。



――それは違う、そんな声が聞こえた気がした。
振り向けば、背後に何か大きな石の塊のようなものが落ちていた。拾い上げようと手を伸ばせば表面に大きなヒビが走った。同じような光景を私はあの漫画で見たことがあった。
広瀬康一という少年のスタンド、エコーズという名のスタンドが成長し進化する――その時の情景と、今の光景はとても似ていた。
そして硬い物が割れるような音とともに目の前の石が割れて、姿を変えて生まれ変わった私のスタンドが姿を現す。ウサギのぬいぐるみのような姿だった私のスタンドは――両手で顔を覆い隠すような状態で固定された女性のような形をしていた。

「……チェシャ猫やあの兎のようにはなれる?」

ポツリと問いかけてみた。しかし返事は無い。聞こえていないのだろうかと顔を覗き込んでみるが、異形の両手が覆っているためその表情を伺うことはまったく出来ない。やっぱり聞こえていないのだろうか。そう思ってもう一度問いかけてみようと思った。と、同時に女性の姿がぐにゃりと揺れて収縮する。ぽん、という軽い音とともにウサギのぬいぐるみへと変わった。

「……あれ?」

ねぇ、さっきの女性型は? なんて声をかけてみるが私のスタンドは無表情をするだけで――そもそも人形なので表情など変えることができないのかもしれない――、結局女性型の能力が何なのかも分からなかった。




 
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