【兎虎】愛してるの練習。



虎徹とバーナビーは付き合っている。

お互いの想いを告げることもなく、恋情を胸に隠し抱いたまま別れたのは一年以上前のこと。
それから二人はそれぞれ離れた場所で過ごし、そしてやはりヒーローを続けたいという強い気持ちから虎徹は二部ヒーローで復活を遂げ、しばらく経った後、バーナビーも虎徹が続けるならばとコンビ再結成をした。
二人が順調に事件を解決し、バディの感覚を思い出した頃、虎徹はバーナビーから告白をされた。
『離れるずっと前から虎徹さんのことを愛していました。そして今も、あなたを愛しています』
バーナビーまだ若く将来有望で、何よりあらゆる女性から引く手数多だ。
それなのに、選ぶ相手が果たして自分で良いものなのか。
そう虎徹が悩み考えていると、バーナビーが潤んだ瞳をして、縋るように手の平へ唇を落とした。
手の平へにするキスの意味は、懇願だ。
虎徹は迷うことを止めて、答える代わりにバーナビーの唇にキスをした。
ありったけの気持ちを込めた、だけど触れるだけのやさしいキスを。
それにバーナビーは涙を浮かべて応え、二人はついに結ばれたのだった。
そうして交際が始まってから、かれこれ二ヶ月以上が経とうとしている。
二部ではあるがヒーローとして活動できることはとても有り難いことだと思っているし、バーナビーと公私ともにパートナーになることができて、虎徹はなんて充実した人生だろうと幸福に浸りながら、書類という名の敵と戦っていた。
とは言っても再び上司となったベンの配慮により、一部に所属していた頃に比べたら愕然と捌く書類の量は減っているのだ。
しかしそれでも苦手なものは苦手なのだと、虎徹は憎き仇を見るように目を細めて書類を睨みつけた。
「くっそぉ…、あと残り何枚あんだよっ!……って、あれ?これで最後?」
驚いて自分のデスクをきょろきょろと見渡したが、手に持っている終わらせたばかりの書類しかなかった。
さらに視線を時計に移して見れば、まだ定時をちょっと過ぎた頃。
「嘘だろっ?これでもう終わり?やったー!今日の仕事終了だー!」
虎徹は嬉しさのあまり、両手をぐっと天井に向けて伸ばして大きな声を出した。
すると、すこし離れた場所から咳払いが一つ。
「タイガー、あんたは静かに仕事を終えられないの?」
経理の女史がぴしゃりと言い、すんません、と虎徹は慌てて伸ばしていた手を引っ込めた。
そこで近くに立っていたベンがちいさく苦笑して、助け舟を出してやる。
「まぁまぁ。仕事がちゃんと終わったのは良いことだ。虎徹も苦手な事務仕事なのに今日は早く片付けられたな、えらいぞ」
「へへっ、ありがとうございます!」
四十路を前にした立派な社会人としては当然のことだが、虎徹と長い付き合いのベンが甘いからこそ成立する会話である。
それをこの数ヶ月で納得したからなのか、経理の女史も溜息を吐くだけで、それ以上は何も言わなかった。
「あ、バニーのやつって今日は取材先から直帰でしたっけ?」
ふと思い出したように虎徹がベンに訊ねると、ベンはポケットから取り出したスケジュール帳を確認して頷きを返した。
因みにロイズは、バーナビーの取材先に同行している。
「あぁ、そうだ。何件か詰まってるみたいでな。だから虎徹も、今日はもう上がっていいぞ」
「はい!んじゃ、お先に失礼します!」
虎徹はちらりと空席のデスクを一瞥してから、経理の女史とベンに会釈をしてから会社を出た。
愛車で帰宅途中ちいさなマーケットに寄り、ビールを数缶とつまみをいくつか購入して、ブロンズにある自宅へと戻る。
復帰するにあたって、虎徹は以前住んでいたブロンズステージにあるアパートを借りた。
偶然にもその部屋には入居者がいなかったため、迷うことなくその部屋を選んだ。
やはりシュテルンビルトに住むのなら、住み慣れた場所が一番いい。
相変わらず綺麗とは言い難い部屋に入ると、玄関先まで転がっている空き瓶を器用に避けながらキッチンまで向かう。
取り敢えず缶ビールを一つ手に持ち、残りを冷蔵庫に入れてから、未だ座り慣れないソファにどかりと腰を下ろした。
部屋を引き払う時に大きな家具はすべて処分してしまったために、このソファも新しく買い直したのだ。
虎徹は缶ビールの蓋をプシュっと開けると、一気に半分ほど喉に流し込み、テーブルに置いていたバーナビーの写真集をじっと見つめた。
「よしっ、今日もするぞ!」
バーナビーと付き合いだして約二ヶ月、虎徹は日課にしていることがある。
それはバーナビーの写真集を前に、告白の練習をすることだ。
以前ヒーローを辞めると告げようとした時も、トレーニングセンターに貼ってあったバーナビーのポスターを前に練習をしていたが、今回はわざわざ写真集を購入したのだ。
しかしなぜ、そんなことを始めたのか。
その理由は至極簡単で単純なものだった。
バーナビーが告白をしてくれてから今に至るまで、虎徹はただの一度も、バーナビーに愛の言葉を告げたことがなかったからだ。
日系人は奥ゆかしい、と言えば聞こえはいいが、虎徹とてバーナビーを愛しているのだし、できることなら気持ちを言葉にしたいとは思っている。
ただ本人を目の前にするとどうにも羞恥心が勝手しまい、愛してます、とバーナビーに言われても頷くことしかできないのだ。
それではいつか愛想と尽かされてしまうかもしれない。
そんな不安と焦燥から虎徹は日々、写真集を前に告白の練習をしていた。
「バニー、俺はお前のことを……」
写真集に写るハンサムスマイルのバーナビーをじっと見つめる。
「あ、あ…愛……愛し………っだ!言えねぇ!」
虎徹は顔を真っ赤に染めると、ガンッと音を立ててテーブルに頭を打ちつけた。
二ヶ月近く、しかも写真集相手でもこの有様だ。
本人を前にして告げるなど、到底先の話にしか思えない。
「いや、このままじゃダメだ!バニーに嫌われちまうっ!」
真っ赤に染めていた顔を、今度は真っ青に変えて虎徹は起き上がり、残り半分のビールを一気に飲み干した。
冷静に考えて、愛を返してくれない恋人など、飽きられるのは時間の問題だ。
「もう一回だ!今度こそ言ってみせる!俺はやると決めたらやる男だ、そうだろ鏑木虎徹!」
そう意気込みながら立ち上がり、新たに缶ビールを取り出して、再びソファにどかりと腰を下ろす。
そしてビールをぐっと煽ると、今度は写真集を目の前に持ち上げてみせた。
写真ではあるが、エメラルドの瞳とばっちり視線を合わせる。
「い、言うぞバニー!」
そう言うと虎徹は深呼吸を何度も繰り返し、心をなんとか落ち着かせ、顔を引き締めた。
ヒーロー時に劣らぬ集中力をそこで発揮するのだが、それが後に裏目に出ることとなる。
「バニー、俺はお前のことを……あ、愛してるっ!」
「本当ですか、虎徹さん?」
「もちろんだ!……え?」
虎徹は首を傾げた。
なぜ写真集がしゃべったのか。
いや、いくらなんでもそんな機能はついていないだろう。
では自分が酔ってしまったのか。
いや、たった二缶では酔ったりなどしない。
「ねぇ虎徹さん、さっきのは本当ですか?」
「またしゃべった!」
まさか斉藤が特殊機能でも搭載させていたのだろうか、なんて首を捻っていると、突然何かに肩を掴まれた。
反射的に身構えて振り向くと、そこには本物のバーナビーが立っているではないか。
「バ、バニー!?」
「一応呼び鈴は鳴らしましたよ。でも応答がなかったので、合鍵で入りました」
「えっ、嘘!全然気づかなかったぞ、俺!……って、ちょっと待て!バニー、いつからいたんだ!?」
虎徹が青褪めてバーナビーを見上げれば、にっこりと写真集と同じ笑顔が返ってきた。
「あなたがその写真に向かって愛の告白をした時にはいましたよ」
「っだ!あー、もう!俺のバカ!」
情けなさと恥ずかしさから頭を抱える虎徹に、バーナビーがソファ越しにそっと抱き締めた。
途端に顔色は青から赤へと変化する。
「ちょっ…バニー、恥ずかしいって!」
「あのね、虎徹さん。僕、嬉しいんですけど……でも悔しくもあるんです」
「え?なんで?」
虎徹がきょとんとした顔をすると、バーナビーは困ったようにちいさく苦笑した。
「虎徹さんの口から愛の言葉を聞けたのは、本当に嬉しいんです。でも、その相手が本物ではなく写真というのが悔しくて」
「あっ……」
そこで虎徹は手に持っていた写真集に視線を落とし、バーナビーが写真集に嫉妬していることに気づいた。
もし自分が逆の立場だったら、やはり写真などではなく自分自身に直接言ってほしいと思う。
「ごめんな、俺……バニーになかなか言えないから、その…コイツ相手に練習してて……」
「えぇ、わかってます。でも、もう練習相手は必要ないですよね?」
バーナビーはそう言うと、虎徹から写真集を取り上げて床に放り投げた。
それが下らない嫉妬だということは重々承知している。
それでも譲れないものはあるのだ。
「ねぇ、虎徹さん……僕は今ここにいます。だから、愛を囁くのなら僕自身に言って?」
写真とはちがう、甘くとろけるような笑みを浮かべれば、虎徹はこれ以上ないほどに顔を赤く染めた。
そして床に落ちた写真集を一瞥した後、やっと意を決したのか、ぐっと顔を上げてエメラルドの瞳を見つめ返した。
「バ、バニー」
「はい、虎徹さん」
「俺はお前を…あ、あ、あ、あいしてる!すごく、あいしてる!」
たどたどしくもそう告げると、バーナビーは感極まったように破顔して、ひょいと身軽にソファを乗り越えて虎徹を強く抱き締めた。
うぐっ、と虎徹が呻き声を上げるほどに。
「あぁ…こてつさん!僕の愛しい人!僕は世界一の幸せ者だ!僕もあなたを愛してます!」
「うん、バニー。わかったから、ちょっと腕の力を緩めてくれ。く、苦しい……」
「す、すみません!嬉しさのあまり、つい……大丈夫ですか?」
「なんとか、な」
虎徹は呼吸を整えると、下唇をすこし突き出してバーナビーの額を軽く小突いた。
それから互いに笑い合い、そしてどちらともなく口づけを交わす。
幸せだ、と甘いキスに浸ったのも束の間、気づけば虎徹はバーナビーにお姫様抱っこをされていた。
しかも、向かっている先は明らかに寝室として使っている部屋である。
「バ、バーナビーさん…?」
「愛の言葉を交わしたら、その後にすることは一つでしょう?」
「いや、でもっ…!」
シャワーは既に浴びてはいるものの、心の準備と言うものがまだできていない。
とはいえ、体の関係はもう何度かしているわけなのだが。
虎徹があたふたとしている間に、バーナビーは寝室に入りそっと虎徹をベッドに降ろした。
「さぁ、虎徹さん。ベッドの中でもっと愛の囁きを聞かせて」
言いながら、バーナビーはちゅっちゅと虎徹の額や瞼、首筋に惜しみなくキスを落としていく。
これはもう逃げられないな、と観念した虎徹はちいさく苦笑してバーナビーの首に腕を回した。
「お手柔らかに頼むよ、俺のバニー」
「もちろんです、僕の愛しい人」
再び口づけを交わしたのを合図に、二人はベッドの中で甘美に肌を重ね合った。


I love you deeply, and with all my heart.




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