【兎虎】インク切れのペンで綴る「愛してる」



自分の人生を探す旅を始めたことに、後悔はなかった。
長いあいだ復讐に縛られていた僕にはまだ知らないことが多く、いろんな人に出会い、新しいことを一つ一つ発見していくことはなかなか楽しかった。
お金では買えないものがたくさんあることを知ったし、写真や映像でしか知らなかった景色を見たときはとても感動したし、シュテルンビルドで見ていたときよりもっと多くの星が見える場所だって見つけた。
食べ物や文化の違いにもたくさん驚かされた。
そんなことの一つ一つを自分自身で見つけていくのは、本当に楽しいと思った。
だけど、その日々の中で足りないものがある。
いつも僕の側にいて一緒に笑ったり、泣いたり、感動してくれる人がいない。

――虎徹さん。

どれだけの人と出会っても、どれだけの感動を味わっても、ただあなたが隣にいないだけで、それだけで僕の心が完全に満たされることはない。
最後に別れたあの日、あなたはすこし寂しそうに笑って僕を見送ってくれた。

『お前自身の新しい人生を見つけてこい』

情けなく涙を流しながら何度も頷いたことを、今も鮮明に覚えている。
僕の背中を力強く押してくれたことも。

『いってきます』

そう言って別れ際にした抱擁も、その時に感じた体温も。
きっと僕は、何年経ったとしても忘れることはないのだろう。

『はがきを出します』

列車のドアが閉まる寸前で言った僕に、あなたはちいさく頷いて片手を上げた。
そして列車が走り出した時、あなたの唇はこう動いて見えた。

『いつまでも待ってるよ』

僕は駅員さんが声をかけてくれるまでずっと、ドアの前で泣き崩れていた。
まるで涙の止め方を忘れてしまったかのように、ずっと。

――虎徹さん。

僕は新しい地に足を運ぶたび、その場所で最初に絵葉書を買う。
あなたに僕が感じたすべてを伝えたくて。
たとえ同じ場所にいることができなくても、同じ感動を味わってもらえるように。
何度も、何度も、絵葉書を買ってはたくさんの言葉を綴ってあなたに送る。
僕に返事が届いたことはないけれど。

それから一年近くが経とうとしたとき、いつものように絵葉書を書いていたら、使い込んだペンのインクがとうとう切れてしまった。
新しいペンは、昨日のうちに買っている。
だけど僕はすこし空いてしまっていたスペースに、そのインクの切れたペンで一番伝えたかった言葉を綴った。
見えないとわかっていて。

『愛しています』

きっと最初で最後の言葉になるだろう、そう思っていた。
そう思っていたのに。


クリスマスイブに、僕は誰に言うでもなくシュテルンビルドに戻っていた。
ずっと来ることのできなかった両親へ会いに。
僕は一年という旅の中で、ようやく両親の死にちゃんと向き合うことができたのだ。
虎徹さんに背中を押されて、自分の人生を探す旅をして、ようやく。

――虎徹さん。

もしあなたに出会えてなかったら、僕はまだここに来ることができなかったかもしれない。
あなたに会えて、あなたに会えたから。


「……あれ?バニー?」

そして僕はまたあなたに会うことができた。
僕の旅の中で唯一足りなかった人。
僕がずっとずっと会いたかった人。

「まったく。あなたも変わりませんねぇ」

でもそんなあなたが、あなたのことがずっと好きだった。
今も変わることなく、ずっと。
そんなあなたに会えた感動を、またあなたの隣に立てる喜びを、今度は何で伝えたらいいのだろう。

「お前は変わったな、バニー」

そう言って微笑む顔にはもう、寂しさは見えなかった。
あなたはあの日と変わることなく、僕を待っていてくれたのだろうか。

「はがき、ありがとな」

まるで僕の心を読んだみたいにあなたが言った。
それからほんのりと頬を染めて、そっと僕の唇をなぞるように触れる。

「俺も、バニーを愛してる」

あぁ、あなたには見えていたんですね。
あのはがきに綴った文字も、なにもかも、ぜんぶ。


僕は自分の人生を歩み始める。
誰かに仕組まれたものではく、自分自身で選んで決めた人生を。

――虎徹さん。

そう、あなたのとなりで。




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