【兎←虎】3322



虎徹が寝る前にバーナビーとメールのやり取りをするのは、もうほとんど習慣だと言ってもいいだろう。
出動要請はもちろん、未だ慣れないデスクワークや、まるで芸能人のように雑誌の取材と撮影なんかをして、それこそシャワーを浴びる気力すら残っていないような日でも、メールだけは欠かさずに送る。
その内容は一日の報告であったり、翌日や週末のスケジュール確認であったりと、日によってさまざまだ。
たとえば、出動要請もなくお互いに別々の仕事をして過ごした日は、今日のランチはどこで食べたとか、こんな取材を受けたとか、そんな些細なことをメールで報告するのだ。
最初に送った時は酔っていたこともあり、ちょっとした悪戯心もあったのだが、ジェイクとの一戦を終えてから虎徹を名前で呼ぶ回数が増え、皮肉や棘のある態度が随分と柔らかくなったので、もしかしたらという期待も少なからずあった。
すると以前のように『くだらない』と一蹴することもなく、律儀に返信をくれたのだ。
それからというもの、いつまで続くだろうかと思いながら虎徹がメールを送れば、バーナビーはどれだけ多忙なスケジュールだろうが、遅くなっても必ずメールを返してくれる。
虎徹はそれが嬉しくって、気が付けば、バーナビーとのメールが一日の締め括りとなり、何よりも楽しみになっていた。
眠ったまま携帯電話を握り締めているほどに。
そして今日も虎徹は帰宅して風呂から上がると、さっそくバーナビーに向けてメールを打った。
―――――――――――
To.Bunny
sub:おつかれさん

今日トレセンに行ったら
冷蔵庫に入れてたプリンが
なくなってた。

―――――――――――
携帯画面に送信の二文字を確認したあと、虎徹はその時のことを思い出して小さく笑みを浮かべた。
プリンを盗み食いをした犯人が、可愛らしくも口の端に食べた証拠を残していたからだ。
体の大きさに似合わず食欲旺盛な彼女のことだから、おそらく小腹が空いてついつい食べてしまったのだろう。
「今度はみんなの分も持っていってやるかな」
笑みを浮かべたまま冷蔵庫から缶ビールを取り出したところで、携帯電話がメールの着信を知らせた。
―――――――――――
From.Bunny
sub(non title)

お疲れ様です。
名前は書いていたんですか?

―――――――――――
バーナビーからだ。
今日は早いんだな、と思いながらビールを片手に返信を打つ。
―――――――――――
To.Bunny
sub:書いてない

忘れてた。

―――――――――――
トレーニングセンターの冷蔵庫は当然ながらヒーロー全員が使用するので、それぞれの私物に名前を書いておかなければ、他のものと間違えてしまうことも多い。
とくにスポーツドリンクやミネラルウォーターがそうだ。
すっかり失念していた、と肩を竦めれば、数分と経たずして返信がきた。
―――――――――――
From.Bunny
sub(non title)

次からは名前を
書いておくべきですね。
明日は迎えに行きますので、
寝坊をしませんように。
おやすみなさい。

―――――――――――
バーナビーとは昼過ぎから別行動で、たしかファッション雑誌の撮影と取材を何本かと、特集番組の収録があったことを思い出す。
「そりゃ疲れるよな」
ジェイクとの戦いでヒーローとしての人気がさらに跳ね上がったこともあり、仕事の量もそれに比例して今まで以上にぐっと増えた。
それでも律儀に返信をくれるところが、バーナビーのやさしいところだと思う。
―――――――――――
To.Bunny
sub:3322

おやすみ。

―――――――――――
最後のメールを送信した後、虎徹は携帯電話の画面にそっと口づけた。
それもまた、いつからか始まっていた習慣の一つだった。
バーナビーには告げることの出来ない、決して気付かれてはいけない、心の中に秘めた想い。
自覚したのはいつなのか、それは虎徹自身にもわからないことだった。
もしかしたら初めて名前を呼ばれた瞬間が、引き金になったのかもしれない。
やっと相棒になれたんだという喜びと、胸を締め付けるような甘く痺れる感覚は、数ヶ月経った今でも鮮明に思い出せるほどだ。
それでも≪3322≫と送ってしまうのは、その想いを心のどこかで気付いてほしいと思っているからなのだろう。
虎徹が学生時代に使っていた、だけどバーナビーは知らないだろう数字の意味。
もしかしたらという淡い期待を捨てられないまま今日も眠り、そしてまた明日も同じ数字を送ってしまうのだろうと、虎徹は苦笑しながらビールを飲み干した。


しかしバーナビーから≪1112324493≫と返ってくるのは、もう少し先の話。



≪3322≫――スキ。

≪1112324493≫――アイシテル。


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