【兎虎】ごっこ遊び



「………っだ!もう疲れた!」
虎徹は手に持っていた書類をデスクの端に押しやり、そのままがばっと突っ伏した。
それを横目で一瞥したバーナビーが、すっと目を細め眉を顰める。
「午前中に三度もコーヒーブレイクを挟み、つい先程まで昼休憩もあったというのに、もう疲れたんですか?呆れたな、これだからおじさんは…」
溜息を吐き出しながらも、書類作成をする手は全く止まる様子がない。
無駄のない操作で淡々と作業を熟していく姿は、まさに仕事のできる人間と言えるだろう。
「なぁバニー、お前ちょっと働き過ぎなんじゃねぇの?」
その姿を見つめながら苦笑して言うと、バーナビーが器用に片眉だけをぴくりと上げた。
「あなたはもっと働くべきですよ、おじさん。さっきから全然書類が減ってないじゃないですか」
指摘された虎徹はちらりと書類の山を見て、ぐっと眉間に皺を寄せた後、再びバーナビーに視線を戻した。
「息抜きとかしてる?」
「人の話を聞いてませんね。……そんな暇があれば、調査の時間に充ててますよ。大体、僕には必要ありません」
そう答えながら、新たな書類に手を伸ばした。
のんびり休憩をしている虎徹とはちがい、バーナビーの書類は残り僅かになっている。
「ちゃんと飯食って、しっかり寝てんのか?さっきだってろくに食ってなかったし、そんなんばっかじゃ疲れなんて取れねぇぞ?」
「僕の私生活についてあれこれ口出しするのはやめていただけませんか?はっきり言って、迷惑です」
バーナビーが冷たくあしらったというのに、虎徹は鼻白むことなく、突っ伏していた体を起こしてデスクの引き出しをがさがさと漁りだした。
それからへらっと人好きの笑みを浮かべて、飴玉を一つ差し出した。
「ほら、飴やるから元気出せよ」
虎徹の手のひらに乗った飴玉を見ると、バーナビーはあからさまに顔を顰めた。
「僕は子供じゃありませんし、あなたとはちがうんですよ」
「んなこたぁ、わかってるさ。だからたまにはおじさんのお節介に付き合ってくれよ、な?」
肩を竦めて苦笑する虎徹に、バーナビーが大きく溜息を吐いた。
手に持っていた書類をデスクに置いて、くるりと虎徹に向き直る。
「馬鹿馬鹿しい。飴玉一つで疲れが取れるはずないでしょう。それに、なんでこの僕があなたのお節介なんかに……」
強い口調で話していたバーナビーだったが、次第に語尾はちいさくなり、段々と顔が俯いて、ついにはぷるぷると肩を震わせ始めた。
さすがに驚いた虎徹が、心配そうにバーナビーの肩に手を添えた。
「バニー?」
すると、バーナビーはその手をガシッと力強く掴んだ。
そして俯いていた顔を上げ、潤んだ瞳で虎徹を見つめ返した。
「やっぱりこんなの無理ですっ!」
「えっ、楽しくなかった?」
険悪なバディごっこ、と首を傾げて虎徹が訊いた。
そう――これは虎徹が事務仕事に飽きて考えた遊びだった。
「全然楽しくなんてありません!愛する虎徹さんが僕を想って飴玉を渡してくれるのに、それを…そのやさしさを冷たく撥ねつけるなんて……僕にはもうできません!!」
バーナビーが首を左右に振って、今にも泣きそうな顔で答える。
元々、こんな遊びに乗り気ではなかった。
愛する人をつめたくあしらうなど、たとえそれが遊びであっても今のバーナビーには気が進むものではない。
しかし虎徹に愛らしい表情でおねだりされては断ることもできず、沈痛な気持ちで付き合ったのだが、やはりこれ以上は限界だった。
「そう?でもなかなか昔のお前に忠実だったよ?」
きょとんとした顔で虎徹が言うと、バーナビーは顔を歪めて強く唇を噛み締めた。
虎徹と出会えたことは自分の人生の中で幸福な出来事の一つだが、その出会いからジェイクを倒すまでの虎徹に対する自分の態度は酷く、バーナビーにとっては思い出したくもないほどの黒歴史だと言ってもいい。
「あの頃の僕は愚かにも虎徹さんの魅力に気づいていなかったんですよ!本当に、なんてバカだったんだ!もし過去の自分に会えるなら、ハンドレットパワーで飛び蹴りの一つでもしたいくらいです!」
「そりゃ後で自分が痛い思いするだけだろ」
しかもハンドレットパワーでは、スーツを着ていない限りそう耐えられる痛みじゃない。
いくらバーナビーでも、下手したら骨が数本くらい折れるだろう。
「それであなたの魅力に気づけるのならいくらでも耐えられますよ!」
「……バニーって、実はМ気質だったりする?」
「ちがいます!断固として!」
バーナビーが必死になって訴えると、そっか、と至極あっさりと返した。
それから手に持っていた飴玉をバーナビーの手のひらに乗せて、にこっと無邪気な笑みを浮かべる。
「またやろうな、この遊び」
虎徹がそう言うと、バーナビーは渡された飴玉を握りながら、ついに涙を流して虎徹に縋りついた。
「もう二度とこんな遊びはしたくありませんっ!」
「えー、けっこう面白かったのに」

だがその後もこの遊びにハマってしまった虎徹に何度もおねだりされてしまい、本気で過去の自分を憎んだバーナビーだった。






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