02.Will you have a game?

【お手並み拝見】



歳は取りたくねぇもんだな、ってつくづく思う。
十年前まではどんだけ酒を飲んだって翌日まで影響するようなことはほとんどなかったし、体の疲れだって一晩眠れば大体は取れたもんだ。
それが気付けば酒の量を考えて飲むようになったし、疲れが酷い時は早めに寝たり下手すりゃ数日抜けない時だってある。
筋肉痛が二日ぐらい経ってから来た時は、すげー悲しくなったよ。
俺もおじさんになっちまったんだなってさ。
そして今まさに、俺はそれを痛感している真っ最中だ。
慌ただしくロビーに入ると、呼吸を整えながらポケットから入館証を取り出して入社口を通り抜け、エレベーターまで走り込む。
さっきも言ったけど俺はもう若くないから、階段なんて使う余裕すらねぇのよ。
エレベーターでヒーロー事業部のある階まで運んでもらって、そっからまた迷路みたいに広い廊下を必死に走る。
これじゃまるでトレーニングだ。
やっとヒーロー事業部に着いた頃には、もう息も絶え絶えよ。
でもどんな時だって挨拶を忘れちゃいけない、これ常識ね。
「おっ…はぁ……おっはよーございまーす!」
元気よく挨拶すると、経理のおばちゃんにギロッと睨まれた。
月曜日はほら、あれだ、みんな休み明けだから苛々してたり気持ちが沈んでたりするよな。
そんなのはよくあることだ、うん。
「タイガー、あんたねぇ…」
「遅刻しちゃってすんませんっした!」
ごめん、嘘。
俺が遅刻したから怒ってるんです、はい。
「とっとと仕事してちょうだい」
呆れ顔でそう言れて、俺はぺこっと頭を下げてからそそくさと自分のデスクに向かった。
ワークチェアにどかっと腰を下ろすと、デスクの端には書類、書類、書類……とにかく書類の山だ。
俺たちはヒーローであると同時に会社員でもあるわけだから、出動要請がない場合は普通に仕事をしなくちゃならない。
まぁ俺の場合、大半は損害賠償の書類作成とか始末書とかなんだけど。
「はぁ……」
なんだかどっと疲れが押し寄せてきて、溜息を吐きながらぐだっとデスクに突っ伏すと、隣からクスクスとちいさな笑い声が聞こえた。
俺は頭だけを動かして笑い声の主を見遣る。
「バニーちゃん、おはよ」
「おはようございます、虎徹さん。朝からお疲れのようですね」
お前は朝でも相変わらずキラッキラと輝いてるね、おじさん尊敬するわ。
これも若さのちがいってやつか?
やっぱ歳は取りたくねぇもんだな、ホント。
俺も十年前までは……、ってこれさっき思い出してたな。
「コーヒーでも淹れましょうか?」
「ん、お願い」
バニーは気が利くなぁ、と感心してたら、ふと休み前のことを思い出した。
そういえばバニーのやつ、俺のことが好きなんだっけ。
「………あれ?」
そこで俺は大事なことに気が付いた。
愛してるとか真面目な顔で何度も言ってたけど、いつから好きなのかとか、どこが好きなのかとか聞いてねぇ。
まぁ、俺も恥ずかしくてそれどころじゃなかったから訊かなかったけど。
でもそういうのって、告白するなら言うもんだよな?
虎徹さんの頼りになるところに惚れました、とかさ。
「うーん……」
どっちかって言うと、バニーの方が頼りになるよな。
ポイントだってバニーの方が断然稼いでるし、人気だってあるし。
じゃあ、あれか?
虎徹さんの男らしくてワイルドなところに惚れました、とか?
「それはあり得るな、うん」
いや、ちょっと待て。
バニーは男だから好きになったわけじゃねぇって言ってたよな?
じゃあ、ちがうか。
他に惚れそうな理由は――。
「っだ!さっぱりわかんねぇ!なんで俺なのっ!?」
「それはあなたが魅力的な人だからですよ、虎徹さん」
「うわっ!!バ、バニー!?」
突然後ろから声を掛けられて、俺は危うく椅子ごと引っくり返るところだった。
しかも大きな声が出たもんだから、また経理のおばちゃんにギロッと睨まれちまったし。
「コーヒー淹れてきましたよ、どうぞ」
「お、おう…ありがとな」
差し出されたコーヒーを受け取って、ふーふーって冷ましながら一口啜る。
ん?ちょっと甘い?
カップに視線を落とすと、いつもより多めにミルクも入っているようだった。
もしかして俺が疲れてるから?
やっぱバニーは気が利くなぁ、と再び感心する。
こういう気遣いは誰だって嬉しいもんだよな、なんて染み染み思いながら二口目を啜ろうとしたところで、バニーが自分のイスに座ってにっこりと俺に微笑んだ。
「虎徹さん、もう僕のことを意識してくれたんですか?ふふっ、嬉しいな」
ぶはっとコーヒーを吹き出しそうになって、だけど書類に飛ばしたら絶対ロイズさんに怒られるとか咄嗟に判断して、なんとかそれを堪えた。
俺ってえらくない?えらいよな?
まぁ俺にはヒーロー業で養われた判断力と、立派な社会人としての自覚が……って、そうじゃねぇよ!
「何言ってんだ、バカ!ちげーよ!自惚れんな!じ…じ……あれ?こういうの、なんて言うんだっけ?」
「自意識過剰?」
「そう!それだ!自意識過剰も大概にしろっ!」
「本当にそうですか?だってさっき、僕のことを考えてくれていたんでしょう?」
そりゃ考えてたけど、と言いかけて口を噤む。
そんなことを言ったらバニーがつけ上がるだけだ、うん。
それくらい、俺にだってわかるぞ!
「ち、ちげーもんっ」
「いい大人が『もん』とか言わないで下さいよ。……可愛いな」
「っだ!おじさんに向かってか、か、可愛いってお前なぁ!」
「可愛さも虎徹さんの魅力の一つですよ」
くそぅ、キラッキラのハンサムスマイルしやがって。
そんな輝けるんなら、シュテルンビルトの電力にでも提供してこいってんだ!
大体、この俺が可愛いわけがねぇんだよ。
「俺はワイルドなの!ワイルドタイガーなの!」
「僕にとってはpretty catですよ」
「俺は猫じゃなくて虎だ、バカバニー!」
「僕だって子ウサギじゃない。あなたを愛する成人した人間の男です」
「バカ!ここは…」
職場なんだぞ!ってバニーを叱ろうとしたら、俺より先にでっかい雷が落っこちた。
そりゃあもう、このヒーロー事業部いっぱいに響き渡るくらいのやつ。
「あんたたちいい加減、仕事してちょうだい!!」
経理のおばちゃんが般若みたいな怖い顔して俺たち二人を怒鳴りつけた。
「はい、申し訳ありませんでした」
「……すんません」
俺は悪くねぇのに、って唇を尖らせながらバニーを睨む。
だけどバニーのやつは叱られたからなのか、さっさと端末の電源を入れて書類に目を通し始めていた。
事務仕事してる時のバニーって、なんかこう…仕事ができる大人みたいでちょっとカッコイイんだよな。
まぁ、実際のところ、俺なんかより仕事できるんだけど。
なんて考えながらバニーの横顔見てたら、パチッと視線が合った。
「あなたにそんな見つめられた仕事に集中できません」
「みっ!…見てねぇよっ」
大きな声出したらまた怒られると思って、慌てて声のボリュームを下げる。
ちらっと経理のおばちゃん見たけど、気付いてないみたいだったので一安心。
「お、俺も仕事しよーっと」
「そんな宣言しなくたって誰も咎めたりしませんよ」
「独り言だっての!さて、と……」
俺はバニーから書類の山に向き直る。
が、あまりの多さに思わず溜息がぶわーって出た。
だけどこのままサボったら今度はロイズさんからも説教されそうだから、取り敢えず一番上にあったやつを手に取る。
えーっと、なになに……この前ぶち破ったビルの窓ガラスの損害賠償の書類ね。
うげっ、しかも期限が明日までになってるじゃねぇか。
ぐっと眉根を寄せてまた一枚書類を手に取ると、これもまた損害賠償の書類で期限が明日までになってた。
それから何枚か確認したけど、十枚ちょっとの書類が明日までの期限だった。
「……ダメだ。全然やる気が出ねぇわ」
がくんと肩を落とすと、手に持っていた書類の束がすっと消えた。
どうしよう、書類が消えちまった!
動揺してバニーを見たら、消えたはずの書類の束をバニーが持ってた。
ん?なんで?
「期限が明日までのものは僕がやってあげますので、残りのものをできるだけ処理してください」
「えっ、やってくれんの?」
十枚以上もある俺の書類を、バニーちゃんが?
自分の仕事だってあるのに?
どうしよう、バニーちゃんがすげーやさしい!
俺はさっきまでの遣り取りをすっかり忘れて、どん底にあった気持ちが一気に浮上した。
「ありがとな、バニー!」
「いえ、愛する人のためですから。これで僕への好感度が上がるのなら、いくらでも手助けしますよ?」
そう言ってバニーは書類の束に一つキスをして、にっこりと俺にハンサムスマイルを向ける。
「っだ!下心かよ!」
「じゃあ、この書類の束はご自分で処理しますか?僕はなにも、無理強いをしたいわけじゃありませんし」
どうしますか?とバニーがハンサムスマイルを崩さないまま聞く。
そんなの脅しと大して変わんねぇじゃん!
俺は脅しなんかに屈するような男じゃねぇぞ!
そうだ、こんな脅しなんかに――。
「……宜しくお願いします、バーナビーさん!」
「わかりました。では、残りの方をお願いしますね」
なんてこった、俺は脅しに屈するような男じゃなかったのに。
これは、えーっと……そうだ、バニーのやつが一枚上手なだけだ!
だから俺は悪くない、うん。
「……って、俺はバカか!」
「タイガー!あんたさっきからうるさいわよ!」
「はいっ、すんません!」
バニーのせいでまた経理のおばちゃんに叱られた。
なんだよ、俺ばっかり!
でも、あれだな……もしかすると俺は俺が思っている以上に厄介なやつを挑発しちまったのかもしれない。
こういうのって、なんて言うんだっけ?
うーん…、たしか……そうだ!あれだ!
前途多難!

この時、俺はまだバニーに対する気持ちの変化に全く気付いていなかった。



 And that's all...?




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