03.I get the feeling, the more involved I get with you

【どんどん君に引き込まれて行く】



人間生きてりゃ、悩みの一つや二つくらい誰だってあるだろう。
それは外見のコンプレックスだったり、仕事のことだったり、友達や恋人のことだったり、個性と同じく人それぞれだ。
そしてもちろん、俺にだって悩みはある。
楓に送ったはずの髪飾りをなんでいつも母ちゃんがつけてんのかなとか、俺のデスクに積み上げられた書類はなんで減らねぇのかなとか、俺のヒーローカードはなんでいつも一番売れ残ってんのかなとか、まぁそんなところだ。
しかし俺が今、最も悩んでいることは――そう、今を輝く人気若手ヒーローのバニーがなんでおじさんの俺なんかに惚れちまったのかってことだ。
そりゃ人に好かれて悪い気はしねぇよ?
嫌われてるよりずっといいに決まってる。
しかもコンビ組んだばっかのツンツンしてた頃を思い返せば、喜びも一入ってもんだ。
でもそれはあくまで相棒としての喜びであって、惚れた腫れたなんて小っ恥ずかしいもんじゃない。
それなのにバニーは呑み屋だろうと会社だろうと所構わず、好きだの愛してるだの可愛いだのと、キラッキラのハンサムスマイルで言いやがる。
一回り以上も歳の離れたおじさん相手にだぞ?
まぁ、口説き落としてみろって言ったのは俺なんだけど。
こうも恥ずかしげもなく口説かれると、逆に言われてる俺の方が恥ずかしくなっちまってさ。
もうアイパッチじゃなくて覆面でも被りたくなっちゃう気持ちになるのよ。
まさに今がそんな気持ちだ。
「タイガーさんのことですか?そうだな…、ただの相棒では足りないくらい大切な人ですね」
「まぁ!バーナビーさんは本当にバディ想いのやさしい方なんですね、素敵です!」
照明に負けないくらいのハンサムスマイルで答えたバニーに、女性インタビュアーが頬を染めてうっとりと見つめ返す。
客席に座ってる女性陣も同じくうっとりとした表情を浮かべている。
ハンサムスマイル恐るべし、だな。
…って、そうじゃなくて!
メディアでそんな意味深なこと言うんじゃねぇっての!
いろいろ恥ずかしいだろ、俺が。
こんな思いするんなら、いっそのこと俺の顔がカメラから見えないようにヒーロースーツで出たかったわ。
今度ロイズさんに相談してみるか、うん。
「では、タイガーさんは?」
「うぇっ!?」
急に話を振られたもんだから、つい間抜けな声が出ちまった。
またしても恥ずかしい。
「タイガーさんにとって、バーナビーさんはどんな人ですか?」
バニーの時とは打って変わって、作られた笑顔に平淡な声でインタビュアーが俺に訊いた。
どうせ俺はバニーのおまけだからいいけどね。
「えーっと……頼れる存在、かな?」
へらっと笑って答えたら、インタビュアーがちいさく吹き出した。
え?変なこと言ったか?
「たしかに、タイガーさんはバーナビーさんに二度もお姫様抱っこで助けられてますもんね」
「っだ!それはもう忘れて下さいよ!」
「いえいえ、記念すべきバーナビーさんのデビューでのことですから忘れられませんよ。ねぇ、皆さん?」
そう言ってインタビュアーが客席に顔を向けると、客席の人たちが何度も笑顔で頷き、途端にスタジオ中が笑い声に包まれた。
だがそんな中でただ一人、俺の隣に座っている男だけが不満そうな顔をしていた。
どうしてコイツがこんな顔をしているかなんて、考えなくてもわかる。
しかし俺はさっきの仕返しとばかりに、気付かない振りをしてやった。
ざまーみろっ!


  ◇◇◇


「やっと終わったぁー!」
収録が終わって控室に入るなり、俺はどかっとソファに腰を下ろした。
ヒーローTVはいいんだけど、こういう番組収録ってのは妙に緊張しちゃって苦手なんだよな。
しかもバニーのやつが変なこと言うから、いつも以上になんか疲れたわ。
「悪いバニー、そこの水取ってくれ」
ミネラルウォーターのボトルを指差すと、バニーはご丁寧にもわざわざ側に置いてあった紙コップに注いで差し出した。
そういうとこやさしいよね、ホント。
「はい、どうぞ」
「ありがとな」
「……ところで、虎徹さん」
「んー?」
受け取った水を飲みながら目だけを向けると、バニーはいかにも不満ですって顔で俺を見ていた。
何に対して不満を持ってるのか、大体想像つくけどな。
「さっきの、頼れる存在ってなんですか」
「なにって…そりゃお前、褒め言葉に決まってんだろ」
「納得いきません」
「そんなこと言われてもなぁ……」
なんとなく紙コップの縁を指でなぞりながら考える。
若さとは時に怖いもんだ、と思う。
特にバニーのやつは自分の気持ちに正直で、どこまでも強く真っ直ぐで、比喩表現とかじゃなく本当にキラキラと輝いて見える。
俺にはその若さと強さと輝きが、らしくないけど怖くて怯んでしまう。
「お前に嘘は吐きたくない。だから今はまだ…、バニーの欲しい言葉を言ってやることはできねぇ」
だからごめんな?って苦笑したら、なんでかバニーは嬉しそうな顔をしてた。
意味がわからなくて首を傾げると、急にぐっと間合いをつめられて、反射的に体を後ろへ仰け反らせる。
「ねぇ虎徹さん」
「な、なに?」
「まだってことは、可能性はゼロじゃないってことですよね?」
「えっ?」
「しかも僕のことを真剣に考えてくれてるってことだ」
「そう…なの、か?」
「そうですよ。自覚ないんですか?」
たしかにバニーのことは、あの日からずっと考えてる気がする。
それこそ仕事中でも、家にいる時でも、頭の中はバニーのことばっかだ。
でも誰だって告白されたら、その相手のことを考えるもんなんじゃねぇの?
「うーん……てか、バニーちゃん」
「なんです?」
「ちょっと顔が近いんじゃない?おじさんの気のせい?」
「気のせいですよ」
そう言ってバニーはにっこりとハンサムスマイルを浮かべて、さらに俺との距離をつめた。
お、睫毛長ぇな……って、これはさすがに近すぎるだろ!
「やっぱ気のせいじゃねぇって!」
「……君たち、なにしてるの?」
「っだ!ロイズさん!これは、そのっ……誤解っすよ!」
「………ちっ。まったく、タイミングの悪い人だな」
今バニーのやつ、上司に向かって舌打ちしやがった!
しかも聞こえないくらいの小声でなんか文句言ってたし!
べつに俺は悪くねぇけど、なんかすんません。
「まぁ、どうでもいいんだけどね。それよりバーナビー君、きみはこの後に雑誌の取材と撮影があるから」
「わかってます」
「虎徹君は特に予定はないし、トレーニングか会社に戻って仕事でも…」
「喜んでトレーニングに行かせていただきますっ!」
俺は慌てて席を立って、ロイズさんに頭を下げた。
またあの書類の山を見るくらいなら、トレーニングに行くほうがいいに決まってる。
どうせ一人じゃ処理しきれねぇし。
「そう?じゃあ、車の手配だけしとくから」
ロイズさんはそれだけ言うと、携帯電話を片手にさっさと控室を出た。
あの人って、いつも忙しそうだよなぁ。
「虎徹さん」
「ん?なんだ?早く行かねぇと、ロイズさんに怒られちゃうぞ?」
「僕のこと、真剣に悩んでくれて嬉しいです」
「っだ!んなことはいいから早く行けっての!」
「はい、いってきます」
微笑みを残して控室を出るバニーの後ろ姿を見送ってから、俺は再びソファに腰を下ろして長い溜息を吐き出した。
どうして適当に受け流したり、バカなこと言うなって撥ねつけたり、何もなかったみたいに忘れた振りができないんだろうか。
仕事の相棒だから?
それとも、バニーだから?
「なんでだよ……」
自分のことなのに、なんで自分の気持ちが全然わかんねぇんだよ。
こんなのちっとも俺らしくねぇ、なんて頭を抱えたところで思い出した。
「やべっ!ロイズさんに車の手配してもらってたんだった!」
慌ててハンチングを被り、バタバタと控室を出て行った。


  ◇◇◇


「おい牛、今夜飲みに行くぞっ!」
「ここに来て開口一番がそれってどうなんだ?」
ランニングでもした後なのか、ベンチで汗を拭っていたロックバイソンが呆れ顔で俺を見た。
その隣にどかっと座って、ムッと下唇を突き出す。
「いいだろ、べつに。なんとなく飲みに行きてぇ気分なんだよ。……だから付き合え!」
「そりゃ構わないが……」
「何、何?あんたたち飲みに行くの?じゃあ、アタシも一緒に行っていいかしらぁ?」
ファイアーエンブレムが科を作りながら、俺たちの話に割って入ってきた。
「なんだ、お前も飲みてぇ気分なの?」
「それだけじゃないけど……まぁ、いいじゃない」
そう言うと、ファイアーエンブレムがにっこりと笑った。
なんかコイツには、いろいろと見透かされてる気がするんだよな。
変なとこ勘が鋭いって言うか。
「言っとくが俺たちはお前とちがってセレブじゃねぇから、店はシルバーが限界だぞ?」
「いいわよ?ブロンズでもシルバーでも、どっちだって」
ぱちんとウィンクをすると、さりげなくロックバイソンの尻を触ってからトレーニングに戻って行った。
そういえばファイアーエンブレムって、コイツのことが好きなんだっけ?
ちらっとロックバイソンに視線を向けたら、涙目になって自分の尻を押さえてた。
「お前も苦労してんなぁ」
「まったくだ!……それより虎徹」
「ん?」
「……いや、なんでもない」
「はぁ?なんだよ、途中で止められたら気になるだろ!」
食って掛かったけど、結局なんでもないの一点張りで、わからずじまいだった。
まぁ、飲んだ時にまた問い詰めればいいか。
なんかスッキリしねぇけど、仕方なく俺はトレーニングをすることにした。


この時、俺はまさか自分が問い詰められる側になるとは思いもしなかった。



 And that's all...?





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