01.Under Lover

【恋人未満】



「虎徹さんのことが好きなんです」
俺たちは馴染みのバーでお互い好きな酒を飲みながら、今日の連携はなかなかのものだったとか、いい加減ちゃんとデスクワークして下さいよとか、いつもと変わらない会話をしていたはずだった。
それがどうして突然コイツがこんなことを言い出したのか、俺は全く理解出来なかった。
あれ?もしかして俺って酔っちゃってる?
いや、ねぇな。
まだ三杯目だし、それはねぇわ。
自分で言うのもなんだけど、俺はちょっとやそっとの酒じゃ酔ったりしねぇもん。
ってことは、酔ってるのは俺じゃなくて、コイツだよな?
そうだ、たぶんバニーは酔っぱらってるんだ。
俺の記憶が正しければ、まだ二杯目だったと思うんだけどね。
でもバニーは俺なんかより仕事がハードだし、ちょっとの酒で酔っちゃうこともあるかもな、うん。
きっと見た目以上に疲れてんだろ、弱音とか愚痴とか零さないだけで。
それなのに俺と酒に付き合ってくれるとか、ホントやさしい子になったねバニーちゃん。
おじさん嬉しくて涙が出ちゃいそうだよ。
だけどな、無理して体壊したら元も子もねぇんだぜ?
なんてったってヒーローは体が資本だからな。
「あの……虎徹さん、聞いてますか?」
「うんうん、ちゃんと聞いてるよ。バニーがやさしい子になって、おじさんすげぇ嬉しいんだ!」
言いながらバシバシと背中を叩くと、バニーが驚いたような顔で俺を見た。
頬の染まり具合からして、ほろ酔いくらいって感じだな。
「え?ちょっと…、本当に僕の話聞いてました?」
「聞いてたって!でもな、そんな疲れてんなら無理して飲みに行かなくたってよかったんだぜ?」
「疲れ…?やっぱり、話を聞いてなかったんですね」
「だから聞いてたって言ってんだろー?珍しく冗談言っちまうくらい疲れてて酔っちまったんだよな?まっ、そんな日もあるさ」
気にすることねぇよ、とバニーに笑ってグラスを煽る。
明日は休みだし、俺も酔っちゃうくらい飲みてぇな。
バニーを家まで送ってから、家で飲み直してもいいか。
なんてグラスの氷をからからと鳴らしながら考えてたら、白い手が俺の左手に重なって思わずギョッとしてバニーを見た。
翡翠のような瞳が真っ直ぐに俺を見ている。
「冗談なんかじゃありませんよ」
「えっ?だってバニー、疲れて酔っちゃったんじゃねぇの?」
「仮に疲れていたとしても、この程度では酔ったりしません」
そう言うバニーの頬はもう赤くなんてなかった。
いつもの白くて誰もが見惚れるほどの綺麗な顔をしてた。
じゃあ、さっき頬が染まって見えたのは――。
「……なんで?」
「はぁ…、虎徹さんが何か誤解しているようなのでもう一度言いますけど」
「その前にちょっといい?」
「…………なんですか」
俺はちらりと視線を手に落としてから、またバニーを見た。
だってさ、気にすんなって言う方が無理だと思わねぇ?
「そろそろ退けない?おじさん恥ずかしいんだけど…なんて、へへっ」
「……もう一度言いますけど」
「なんで無視すんの!?」
さっきまでいい子だったのに、本当にどうしたっていうんだバニーちゃんは。
おじさん、ついていけない。
若い子ってみんなこうなの?
「虎徹さん、真面目に聞いてください」
「えっ、あっ、はい…すみません」
叱るように言われて、俺はグラスを置くと、慌てて背筋をぴんと正した。
ん?今のって俺が悪かったの?
どっちかって言うと、無視したバニーの方が悪くねぇ?
首を傾げつつもバニーを見つめると、バニーはスツールをくるっと回転させて俺に向き直った。
「あなたのことが好きなんです」
俺はますます首を傾げる。
何言ってんだバニーのやつ。
「俺だって好きだぜ?」
「虎徹さんも僕のことが好きなんですかっ!?」
急にバニーがぱっと表情を明るくして、今度は手をぎゅっと掴まれた。
「そんなの当たり前だろ?俺たちはバディなんだからよ!」
空いてる方の手でサムズアップすると、なぜかバニーはがくんと肩を落とした。
あれ?俺、変なこと言ったっけ?
「あなたって人は……、鈍感にも程がある!」
「っだ!どういう意味だよ!?」
「そのままの意味ですよ!一瞬でも舞い上がってしまった自分が悔しいです!いや、悔しいを通り越して腹立たしいくらいだ!」
「な、んかよくわかんねぇけど……俺は悪くねぇぞ!たぶんっ!」
だって嫌いだったら、とっくの昔に相棒なんて辞めてるし。
バニーを好きだし信じてるから、今日の連携だって上手くいったんじゃねぇか。
そうだよ、俺は悪いことなんて言ってねぇはずだ!
「いえ、今のは確実にあなたが悪いです!僕の気持ちを弄んだじゃないですか!」
「もてっ…?な、なんの話だよ!?」
俺がバニーの気持ちを弄ぶって、なんだそりゃ。
全っ然、言ってる意味わかんねぇぞ。
「虎徹さんのことが好きなんです!」
「だから俺もバニーが好きだって言ったじゃねぇか!何がそんなに不満なんだよ!?」
「不満だらけですよ!当然じゃないですか!僕は告白したんですよ?それなのにっ…!」
「なっ……、ん?告白?」
俺はまた首を傾げた。
さっきから全然バニーの言ってる意味がわからねぇぞ?
弄ぶとか告白とか、一体なんの話だ?
「ごめん、バニー。俺よくわかんないんだけど…?」
「バカですかあなた!」
「なんだとぅ!?」
せっかく俺の方が折れて謝ったってのに、バカとはなんだ、バカとは!
一応これでも先輩だぞ、俺は!
そりゃ、デスクワークじゃ全然役に立たねぇかもしんないけどさ。
「僕の好きと虎徹さんの好きは、重さがちがうんですよ!」
「お、重さ?」
「えぇ。あなたの言う好きは、相棒としてのものでしょう?」
「おうっ!」
元気よく答えたら、呆れ顔をされた。
なんだよ、バカにしやがって。
「バニーだって同じだろ!」
「ちがいますよ」
「うんうん、同じ…えっ?ちがうの?」
「さっきからそう言ってるじゃないですか」
あれ?そうだっけ?
でもあれだよな、バニーも俺が好きで、俺もバニーが好きで、素晴らしいコンビ愛ってやつじゃねぇの?
ダメだ、おじさんさっぱりわかんねぇわ。
「では言い方を変えます」
「うん?」
段々この姿勢が疲れてきて、俺は正した背筋を少し崩しながらグラスを手に取る。
酒でも飲んで落ち着こうと、グラスに口付けた。
「虎徹さんを愛してます」
「ぶはっ!ちょっ、げほっ…バ、バニー?」
俺はすげービックリして、思わず酒を吹き出しちまった。
すかさずバーテンダーが差し出してくれたおしぼりを受け取ると、あたふたしながらテーブルを拭いた。
それなのに、だ。
「僕は虎徹さんを一人の人間として愛してます」
「っだ!二回も言うな!」
「あなたが理解してくれるまで、何度でも言いますよ。僕は虎徹さんを愛し、」
「やめろ!それはもうわかったから!お願いだからやめて!」
「本当に?」
疑うような視線に、俺はこくこくと何度も頷きを返した。
これ以上、恥ずかしい思いはしたくない。
「俺を信じろ!いや、信じてくれっ!」
「………わかりました」
バニーの返事に、俺はほっとして息を吐いた。
いやいや、ほっとしてる場合じゃねぇぞ。
コイツが――シュテルンビルトの王子様と言われてるバニーが、おじさんの俺をあ、あ、愛してるって…そんなバカな。
もしかしてバニーのやつ、自覚がないだけで――。
「……やっぱり酔ってる?」
「僕は虎徹さんを愛し、」
「ごめん!そっか、酔ってねぇのか!」
じゃあ本当に俺をそういう意味で好きだってことなのか?
だって俺もバニーも男なのに。
「えーっと…その、バニーって男、が…好きなの?」
いや、べつに偏見とかあるわけじゃねぇんだけど。
ファイアーエンブレムだってそうだし、恋愛は自由だと俺は思ってる。
だけどまさか、自分が同性に好かれる日が来ようとは思わなかったぜ。
「いいえ、僕は同性愛者ではありません」
「そ、そうなの?じゃあなんで…?」
「同性だから好きになったのではなく、好きになった相手が僕と同じ性別だった、それだけのことです」
恥ずかしがる様子もなく、はっきりきっぱり言い切ったバニーに、俺はちょっと感動した。
あ、でもその相手ってのが俺なんだよな。
そりゃ俺だってバニーのことは好きだけど、たぶん恋愛とはちがう気がするし。
何より今を輝く若手イケメンヒーローが、おじさんを好きって、なんかそれ、勿体ねぇよ。
バニーには長いこと苦労した分、すげー幸せになってもらいてぇし。
なんつーか、美人の彼女作って結婚してさ、子供とか作って……短い時間しか味わえなかった家族ってもんを築いてほしいんだ。
「俺じゃバニーを幸せにしてやれねぇよ」
「どうしてです?」
「どうしてって……俺はこの指輪を外すつもりはねぇし、チビだっている。歳だってバニーより、一回り以上おじさんなんだぜ?」
未だ重なっている手をもう一度見てから、俺はグラスに残ってた酒を一気に煽った。
ちいさくなった氷が、からんと音を立てる。
「そんなことは知ってますよ」
「そんなことって、お前」
「指輪だって外していただかなくて結構です。その指輪も楓ちゃんも含めて、虎徹さんでしょう?」
「そ、うだけど…さ。でもバニーにはちゃんと幸せを掴んでほしいんだよ」
「僕の幸せは僕が決めることです。さて、他に逃げ口上はありますか?」
「うぐっ…」
あーもう、なんだってこんなおじさん相手にそんなこと言えちゃうんだよ!
なんか悔しくなってきた!
他に…他に……あっ!そうだ!
「じゃあさ、そこまで言うなら俺を落としてみろよ!」
「落とす?あなたを?」
バニーが少し眉間に皺を寄せて訊き返した。
俺は大きく頷いて、にっと笑ってやった。
「そうだ!俺がお前に惚れたら、その時は腹括ってやる!」
「ただの口約束とかじゃないですよね?後になって、やっぱなし!とか言ったりしません?」
「おう!男に二言はねぇ!」
またサムズアップしてやると、バニーはなんだか意地の悪そうな笑みを浮かべた。
ちょっと、仮にもKOHがそんな顔していいのかよ?
「わかりました。じゃあ全力で虎徹さんを落としてみせます」
「へへっ、俺はそんな簡単に落ちたりしねぇからな!」
「それはどうでしょう?僕の執念深さは筋金入りですからね。後悔しても知りませんよ?」
「どんと来いっ!」
「ふふっ、楽しみにしてて下さい。まぁ今日のところは、お酒を楽しみましょうか」
そう言って笑うと、バニーは三杯目の酒を注文した。
俺も四杯目の酒を注文して、そこでふと大事なことを思い出した。
「あのさ、バニーちゃん」
「はい、なんですか?」
「いい加減手を退けてくれねぇかな?」
「これもあなたを落とす作戦の一つですから」
バニーがにっこりと王子様スマイルで言った。
おいおい、ちょっと待てよ。
「今日は酒を楽しむんじゃなかったのかよっ?」
「それはそれ、これはこれですよ」
「っだ!バニーちゃんのイジワル!」
「なんとでも」
結局、バーを出るまで手を離してはくれなかった。
そんなの誰かに見られてファンが減っても、俺は知らねぇからな!

だけどこの時、俺はまだバニーの本気がどれほど凄いもんなのか、全然気づいていなかった。



 And that's all...?




prev next

bkm
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -