07.Only you can make me happy or cry

【私を幸せにできるのも泣かせられるのもあなたしかいない】




誰にだって自分の心が傷付いたり落ち込んだりした時には、それを癒してくれる何かがあるだろう。
たとえばそれは、好きな映画を観ることだったり、好きな音楽を聴くことだったり、或いは友人や家族の言葉だったり。
まぁ、人によってそれぞれちがうだろうが、そういうもんが何かしらあると思う。
そうやって人は俯いていた顔を上げて、前を向いて歩けるようになって、成長していくんだろう。
俺の場合は、飯を腹いっぱい食って風呂入って寝る、これが一番だな。
あとはMr.レジェンドのディスクを観たり、たらふく美味い酒を飲むのもいい。
といっても酒に関しては、もう若くねぇからちょっと考えて飲むようにしてるけど。
そんなわけで俺は今、その傷付いた心を癒すべく飲みに来ている。
だが店に着くとファイアーエンブレムはまだ来ていなかったようで、仕方なく俺は先に飲み始めることにした。
カウンター席に座り、まずはどれを飲もうかと悩んで、一杯目は焼酎にした。
すっきりとした味わいがなかなかいいんだよな、うん。
そして二杯目にはウイスキーを頼み、からからと氷の音を楽しみながらグラスを傾けたり、ちびちびと飲んで味わったりしていた。
こうして一人で飲みながら感傷に浸るのも悪くない。
俺はグラスを脇に置くと、ポケットから携帯電話を取り出した。
画面を何度か指先でタッチして、ここに来るまでに打った未送信メールを再び開く。
もう言えなくなってしまった、バニーへの想い。

俺はバニーが好きだよ。
きっと気付かなかっただけで、たぶんお前に言われるよりも前から好きだったんだろうな。
心臓がすげぇドキドキして、胸が苦しくなったりしてさ。
気のせいじゃねぇのかって、何度も自分に問いかけたりもした。
それでもお前のことで頭がいっぱいになって、これは恋だってわかったんだ。
相棒としてなんかじゃなく、一人の男としてバニーのことが好きなんだって。
もう二度とこんな気持ちを抱くことなんてねぇと思ってたのに、自分でもビックリしたよ。
だけどな、俺はバニーを困らせたいわけじゃないんだ。
お前には幸せになってほしいと思う気持ちも、ちゃんと俺の中にはあるから。
この恋心も、さみしさも、胸の痛みも、ぜんぶ心に封をして墓場まで持って行くわ。
だからその代わり、お前は幸せになってくれ。

ただ閉じ込めることしかできなかったが、これでたぶん俺は自分の気持ちに整理をつけられる。
時間はかかっちまうかもしれねぇけど、きっとただの相棒に戻れるはずだ。
「この歳での失恋ってのは、なかなか応えるもんだな……」
ちいさく苦笑して携帯電話をポケットにしまったところで、不意に背後から肩を叩かれた。
「遅かったじゃねぇか、ファ…じゃなかったネイサ、ン?」
慌てて表情を取り繕って振り向いた先に立っていたのは、待ち合わせていたファイアーエンブレムじゃなく、すこし長めのブロンドを後ろへ流した知らない男だった。
見た感じからすると、俺より五つか六つくらい年下ってとこか。
でも覚えのない顔なんだよなぁ。
「えーっと……どちらさんでしたっけ?」
とりあえず愛想笑いを浮かべて訊くと、そいつは俺の質問には答えずにさりげなく隣の席に座った。
それからまるで品定めでもするみてぇに、俺を足元から顔へとゆっくり視線を動かす。
そしてにっこりと微笑んだ。
「昨日もここで飲んでましたよね?二人のお連れさんと一緒に、この席で」
「……てことは、あんたも昨日ここで飲んでたの?」
「えぇ、あなたとちがって僕は一人でしたけど」
なるほど、それで俺のことを知ってたってわけか。
あれ?でも待てよ?
なんで他にも客がいたのに、俺のことを覚えてたんだ?
腕を組んで首を傾げると、その男はすこしおかしそうに笑った。
「あなたって考えてることが顔に出るタイプなんですね。僕があなたを覚えていたのは、お連れさんの一人がとても目立っていたからですよ」
「んん?……あぁ!それってファ…じゃなかった、ネイサンのことか!ははっ、たしかにアイツは目立つよな!」
長身でピンク色の髪してるやつはそうそういねぇし、そりゃ印象に残るわ。
って、そんなこと言ったらファイアーエンブレムに怒られそうだな。
俺はグラスを煽ると、そういえばまだ名前を聞いていないことに気が付いた。
「なぁ、あんた名前はなんての?」
「僕はフレデリックです、フレッドと呼んでください」
「そうか!俺の名前は…」
「タイガー?それとも、コテツ?」
「えっ?なんで知ってんの?」
まだ名乗ってねぇのに、なんで知ってるんだ?
もしかしてエスパーか何かなのか?
再び俺が首を傾げると、またしてもフレッドはおかしそうに笑った。
「あなたは本当にわかりやすいですね。昨日あなたがそう呼ばれていたのを聞いたんですよ」
「あぁ!そっか、そっか!……って、俺そんなにわかりやすいの?」
「えぇ、とても」
笑いながらそう答えると、なぜかフレッドは俺の手に自分の手を重ねてきた。
んん?なんかこれ、覚えがあるぞ?
えーっと、たしか……そうだ、バニーと飲みに行った時だ!
でもなんでフレッドも同じことを俺にするんだろ?
わけがわからなくなって重なった手を凝視していると、今度はギュッと握られた。
「フレッド…?」
「あなたは表情豊かで、とても魅力的な人だ」
もしかして俺、フレッドに口説かれちゃったりしてんの?
いやいや、そんなまさか。
とりあえず握られた手を離してもらおうとしたところで、別の手がバチンッと大きな音を立てて俺の代わりに払い除けてくれた。
「この人に気安く触れるなっ!」
「バ、バーナビー!?」
怒声とともに突如割って入ってきたバニーに、フレッドが驚いた顔をして素っ頓狂な声を上げた。
でもそれ以上に驚いたのは俺の方だ。
「えっ、なんでバニーがここにいんの!?」
ここで飲んでるなんて言ってねぇし、そもそも連絡すらしてなかったのに。
しかもロイズさんの話だと、たしか自宅待機だったはずなんだけど。
「…そうだ!お前こんなとこにいちゃダメだろ!ロイズさんに怒られるぞっ!」
「今はそんなこと、どうだっていいですよ」
「いやいや、どうでもよくなんかねぇよっ!マスコミが来たらどうすんだ!?」
慌てて周囲を見渡したが、驚いている客は大勢いたものの、記者らしい人物は見当たらなかった。
ほっと安堵の息を吐くと、唖然としていたフレッドが急に慌ただしく立ち上がってバニーを凝視した。
「……ほ、本物なのか?」
信じがたいような表情でフレッドが呟いた。
今や誰もが憧れるヒーローが突然目の前に現れたら、そりゃ信じられないよなぁ。
しかしバニーは無表情でフレッドを見返した。
「……だからなんだ?」
「ファンなんだ!ぜひ握手してほしい!」
途端にフレッドが目を輝かせながら手を差し出すと、バニーは笑みを浮かべるどころか、無表情のまま睥睨するような視線を向けた。
いつもなら笑顔でファンサービスをするバニーが、だ。
そして息を吐くように短く鼻で笑った。
「お断りします」
「そんなっ…、どうして!」
予想外の冷たい反応に、フレッドが戸惑った顔をする。
これには俺もビックリだ。
ファンにこんな態度をとるバニーはたぶん初めて見た。
「愚問ですね。では逆に訊きますが……あなた、さっきこの人を口説こうとしてましたよね?」
「そ、それは……」
フレッドが戸惑った顔のまま、ちらりと俺を見る。
やっぱり口説かれてちゃったのかと、なんとも複雑な気持ちになって思わず苦笑いを返した。
「そんな人となぜ僕が握手なんてしなくてはいけないんです?」
吐き捨てるように言ったバニーの言葉に、フレッドの顔はみるみる青褪めていく。
なんだかちょっと可哀相になってきて、俺はフォローすべく、バニーのジャケットの裾をちょいちょいと引っ張った。
「なぁ、もうその辺にしといてやれよ。コイツだって、その…ちょっとした出来心だったんだって、な?そうだよな、フレッド?」
安心させるように笑顔を向けると、フレッドは必死になってこくこくと頷いた。
おいおい、そんなに首を上下に振ったら後で筋肉痛にでもなっちまうんじゃねぇか?
だがバニーの表情は変わることなく、むしろぐっと眉間に皺を寄せた。
「そんなもので許されるとでも?」
「俺がいいって言ってんだからいいの!」
「あなたがよくても、僕はよくありません」
っだ!せっかく場を収めようとしてるってのに、この利かん坊め!
俺はバニーの死角からフレッドに手を合わせて謝ると、帰った方がいい、と口パクで伝えた。
それが通じたのか、今にも泣き出しそうな顔でちいさく頷いて、慌ただしく店を飛び出していった。
舌打ちが聞こえたような気がしたが、気付かない振りをしてバニーの背中をぽんと軽く叩く。
「あー、ほら…お前もそろそろ帰った方がいいんじゃねぇの?」
もしかしたらここの客がネットに書き込みでもして、マスコミが来たら困るし。
それで騒がれたりしたら、ロイズさんに怒られるのはたぶん俺だと思うし。
「……虎徹さんは?」
「ん?俺はまだ帰らねぇよ。ファイアーエンブレムがまだ来てねぇしな」
そもそもアイツの奢りじゃなきゃこんな高い店に来ないっての。
ていうか、ファイアーエンブレムのやつ遅くねぇか?
電話ではすぐに行くって言ってたのに。
「あの人なら来ませんよ」
「えっ、なんで!?」
「僕が電話で来ないでくださいと、そうお願いしたので」
「じゃあ俺の酒代はどうすんだよ!?」
アイツの奢りだと思ってたから、遠慮なく高い酒飲んじまったじゃねぇか!
さーっと青褪めながら慌てて財布の中身を確認しようとすると、バニーが苦笑して俺の手を制止した。
「ここの代金は僕が払いますから、安心してください」
「でもっ…」
「それより、ここを出ましょう。あなたの言う通り、マスコミに邪魔されても困りますし」
バニーはそう言うと、本当に酒代をカウンターに置いて、俺の手を引っ張って歩き出した。
これは一体どういうことなんだ?
ファイアーエンブレムは来なくて、代わりにバニーが来て、なんで俺と手なんか繋いじゃってんの?
だってお前には美人の彼女がいるんだろ?
それなのに、なんで。
「すぐに車を取ってきますから……絶対に、一人で帰ったりしないでくださいね」
「なんだよ、それ。…べつに女じゃねぇんだから、一人で帰れる」
俺が下唇を突き出して手を振り解くと、バニーは一瞬悲しそうな顔をして、それからふっと視線を足元に落とした。
「虎徹さんに大事な話があるんです。どうしても聞いてほしい話が。…だから、ここで待っててください」
「……そいつは今ここで聞いたらダメなのか?」
「はい」
バニーは落としていた視線を上げて、はっきりと言い切った。
ここじゃ話せないってことは、恐らくあのゴシップ記事に関する話なんだろう。
それならわざわざ移動しなきゃならねぇ理由も頷ける。
「………わかった」
「ありがとうございます!」
バニーは安堵したようにちいさく微笑むと、身を翻して駐車場所まで走って行った。
俺はその後ろ姿を見送ってから、深く息を吐き出した。
どうしようもなく、胸が痛くて苦しい。
覚悟はしていたつもりだったのに、いざ現実を突きつけられるんだと思うと、涙が出そうになった。
それからバニーは数分もしないうちにやってきて、車を俺の前に寄せて止めると、運転席から身を乗り出して助手席のドアを開けてくれた。
行先は予想通りバニーのマンションで、お互い無言のまま部屋に上がると、俺は窓際近くに腰を下ろして大きな窓から見えるシュテルンビルトの夜景を堪能した。
今朝もこの部屋にいたはずなのに、どこか遠い記憶のように感じる。
バニーと同じベッドで目覚めることは、きっともうないんだろうなと思う。
「何か飲みますか?」
「…いや、いいよ」
暗に長居をするつもりがないことを告げれば、バニーがわずかに表情を曇らせた。
そんな顔させちまってごめんな、バニー。
でもお前の側にいたら、決心が揺らいでしましそうで怖いんだ。
「それより、話ってなんだ?」
本当は聞きたくなんてなかった。
だけどこの現実を受け止めないと、たぶん前を向いて歩き出すことができねぇから。
「虎徹さん…僕は……」
だからバニー、俺の恋心に引導を渡してくれ。
「僕はあなたのことを愛してます」
「な、に…言ってんの、お前……」
だってバニーには美人の彼女がいるじゃねぇか。
俺なんかよりずっとお似合いの彼女が。
「僕にはあなたしか、」
「ふ、ざけんじゃねぇ…!彼女がいるくせに、そんなっ…」
「それはっ…!」
人がせっかく覚悟決めてたっていうのに、まだそんなことを言うのか。
俺はきつく目を閉じて俯きながら唇を強く噛み締めると、ぐっと爪が食い込むくらい手に力を込めた。
「お前は…俺を、バカに……してんのか…?」
「ちがっ、」
「そりゃおじさんをからかうのは…楽しいかも、しんねぇけどさ……でも、限度ってもんが…あんだろ…っ……」
じわじわと涙が込み上げてきて、情けないくらい声が震えた。
必死に涙を呑み込もうとしたが、それでも堪えようなく涙は溢れ、歯を食い縛っても嗚咽が漏れてしまう。
「ちがう!僕はからかってなんかいません!」
「……っ…うるせぇ!これ以上…俺を惨めに、させんなっ…!」
「聞いてください、虎徹さん!」
「聞きたくねぇって…、言ってんだろっ…!」
語気を荒くして叫ぶと、バニーが強引に俺の頬を両手で挟んで顔を上げさせた。
「虎徹さんっ!僕の顔をちゃんと見て、最後まで話を聞いてくださいっ!」
バニーは勝手だ。
バディを組んだ頃からいつも自分勝手で、俺はいつも振り回される。
唇を引き結んで睨み返すと、バニーはちいさく息を吐きてから、すこしだけ手の力を緩めた。
「あの記事は捏造されたもので、根も葉もない話なんです」
「……え、?」
「僕だってロイズさんから電話で聞いて、初めて知ったくらいなんですよ?」
「じゃあ、彼女は…」
「いませんよ、そんなの。僕が愛しているのは虎徹さん、ただ一人だけですから」
ってことは、あれか?
俺があの記事で一人勘違いして、勝手に落ち込んで、失恋した気になってたってこと?
「っだ!それならそうと、早く言えよ!」
「言おうとしましたよ!だから電話したでしょう!それなのに、あなたは電話に出てくれないし……」
たしかに着信履歴はあった。
でもあの時は仕事に夢中で気付かなかったし、誤解したままだったんだから仕方ねぇじゃん。
「ショックのあまり、僕は途方に暮れてしまいましたよ」
「それは、悪かった……」
申し訳なくなって肩を落とすと、バニーがちいさく苦笑した。
「でも、誤解が解けてよかったです」
「……うん」
俺も騙されてたんじゃないってわかってほっとした。
最初からあんな記事じゃなくて、バニーを信じてればよかったんだよな。
ってか、自分勝手で振り回してたのは俺の方だったのか。
「……バニー、ごめんな?」
「いいんですよ、もう。…それに、いいことが一つだけありましたから」
ん?いいこと?
悪いことだらけで、いいことなんかなかったよな?
俺にはさっぱりわからなくて首を傾げると、バニーがにっこりと微笑んだ。
「あなたの気持ちを知ることができたことです」
「えっ!?な、な、なんでっ!?」
「ロックバイソンさんが教えてくれました。代価として、とても痛い目に遭いましたが…」
そう言うと、バニーは自分の鳩尾辺りをそっと触った。
そこで俺はロックバイソンがコイツに何をしたのか気付いた。
「まさかアイツ、お前を殴ったのか!?」
「ふふっ、なかなか効きましたよ。ちょっとロックバイソンさんの力、侮ってました」
「あんのバカ牛っ!」
よし、あとで俺がバニーの代わりにぶん殴っといてやろう。
バニーを殴った分と、俺の気持ちを勝手に言いやがった分で二発は殴る。
もちろんハンドレットパワーで。
そう俺が心の中で決意していると、バニーがそっと手を重ねてきた。
「でも本当は、虎徹さん自身の口から聞きたかった。……僕のことを、どう思ってくれているのか」
俺を見つめるバニーの表情は真剣で、どこか切なげだ。
不安を湛える翡翠色の瞳に、俺はきゅんと胸が絞られるような気持ちになった。
たぶん誰よりもコイツの幸せを願っていたのは、俺なんだと思う。
今回は根も葉もない捏造話だったけど、でもいつか本当にそんな日がくるかもしれない。
その時、俺は笑顔で祝福することができるだろうか。
いや、ちがうな。
バニーのためにこそ、しなくちゃならねぇんだ。
だから、いつか来るかもしれないその日まで、夢のような一時を味わったっていいよな。
「……バニーのことが好きだ。気付いたのはお前より遅くなったけど、たぶんもっと前から好きだった」
「虎徹さんっ」
感極まったような声と共に、強く抱き締められた。
ってか、強すぎて逆に苦しいんだけどな。
「俺の負けだよ、完敗だ」
「勝敗なんてもういいんです。あなたが僕を好きになってくれた、それが何よりも嬉しいですから」
「そうなの?なーんだ、せっかく何か願い事一つ叶えてやろうと思ったのに」
といっても、俺ができることなんてだいぶ限られてるけど。
笑いながらバニーの背中に腕を回すと、急にあたふたと焦りだした。
「ぜ、前言撤回させてください!」
「えー?どうしよっかなー?」
「お願いします虎徹さんっ!」
「ん?それがバニーのお願い?」
「ちがいます!そうじゃなくてっ…」
コイツが慌てふためく姿ってのは、なかなか貴重だよな。
いつも自信満々です、って感じだし。
でもあんまりからかうのも可哀相になって、俺は落ち着かせるように、ぽんぽんと軽く背中を叩いてやった。
「ははっ、冗談だって。さて、バニーちゃんはおじさんに何を叶えてほしいのかな?」
「じゃあ僕にキスをしてください」
「おー、キスな。………え、キス?」
「確信がほしいんです。あなたが僕を好きになってくれたという、確信が…」
バニーはそう言うと、凭れるようにして俺の首筋に顔を埋めた。
今、俺がキスをしてお前のいう確信とやらを与えたしよう。
でもいつかこの先お前がそれを後悔する日が来たとして、その時に俺はどうやって責任を取ればいい?
あの未送信メールみたいに、ただ気持ちに封をすればいいのか?
それとも、お前の視界から消えればいいのか?
「虎徹さん……」
だけどバニーの弱々しい声を聞いた瞬間、俺は考えることをやめた。
今バニーが俺を求めてる。
それだけでいいじゃねぇか。
いつかその時が来たら、その時また考えればいい。
「いいよ。おじさんのキスでよかったら、いくらでもくれてやる」
俺は背に回していた手でそっと髪を撫でると、バニーがゆっくりと顔を上げた。
不安そうに揺れている瞳を視線を絡ませて、それから触れるだけの、子供のようなキスをした。
「好きだよ、バニー。……ありがとな」
もしお前の側から離れる日が来ても、俺はきっとこのキス一つだけで十分生きていけるだろう。
きっとこのキスだけは、後悔しない。
「僕も、虎徹さんが好きです。これから先、またあなたを不安にさせてしまうようなことがあるかもしれません。今日のように、辛い思いをさせてしまうかもしれません。……でも、愛してるのは虎徹さんだけです。これまでも、これからも、ずっと。だからどうか、僕を信じてください。僕だけを、信じてほしい。どんなことがあっても、僕の気持ちが変わることはありませんから」
「ふっ…、ハンサムって得だよなぁ。そんなクサいセリフ言ってもカッコイイんだからさ」
「それって褒めてるんですか?それともバカにしてます?」
「褒めてんだよ、このハンサムめっ!」
心の中のわだかまりを隠すように笑って髪をくしゃりとかき混ぜれば、バニーが頭を揺らしながら素っ頓狂な声を上げた。
「う、わわっ…!ちょっと、髪をぐしゃぐしゃにするのはやめてください!」
「安心しろ、髪が鳥の巣になってもハンサムだから」
「やっぱりバカにしてるでしょう!」
「だからしてねーって!」
笑い合いながら、俺はひっそりと考える。
いつか今この瞬間を、笑い合っていることもキスをしたことも幸せだと思う気持ちもぜんぶ、お前が夢のような思い出に変えちまったとしても構わない。
だって俺は、永遠がないことを知ってるから。
だからお前を責めたり、無理に繋ぎ止めようとはしねぇよ。
たとえ夢のような思い出になったとしても、それをぜんぶ俺にくれるなら、それで――。

先に好きだと言ったのはお前の方だった。
でもずっと好きでいるのはきっと俺の方。



 And that's all...?


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