08.Love and understanding bring joy forever

【愛と思いやり、それは永遠の幸せをもたらす】



遥か遠い空から降り注ぐ眩しい光がカーテンの隙間から射しこんで、セットしていたアラームの音で目を覚ます。
五分くらいベッドの上でぐずぐすして、ぼんやりとしたまま起き上がり、ロフトの階段を転げ落ちないように下りていく。
それからまず洗面所で歯磨きと洗顔を済ませ、俺のトレードマークの一つである髭を整える。
ばっちり目が覚めたところで、適当に朝飯を食って、左手首に腕時計と右手首にPDAをつけ、バシッとアイロンで皺を伸ばされたシャツを羽織り、ネクタイを締めて、その上にベストを重ね、タイトなスラックスを穿いて、これまた俺のトレードマークの一つであるハンチングを被れば出勤準備は完了。
最後に、チェストの上に置いてある写真立てに向かって、行ってきます、と手を振って玄関を出る。
トップマグにいた時から、アポロンメディアに移籍してからも、変わることのない一日の始まりだった。
だけど、この世はすべてにおいて、常に変化していくもんだ。
消えていく命があれば、生まれてくる命もあるように。
そうやっていろんなもんがすこしずつでも変化していきながら、世界は続いていく。
俺の中でも、変化したものがいくつかある。
トップマグからアポロンメディアに移籍したこと、ヒーロー界初のコンビ結成をしたこと、その相棒に恋心を抱いたこと。
そして、その相棒とキスをした日から、明日を迎えるのが怖くなったこと。
たとえば今日まであったものが、明日も変わらず同じ形で存在しているとは限らないだろ?
まぁ簡単に言うと、好きって気持ちがいつ嫌いに変わっちまうかわからねぇってことだ。
そういう変化がやってくるかもしれないと思うと、明日を迎えるのが怖くなる。
なぁ、バニー。
お前はいつか俺から離れてしまうのか、なんて――。
「んなの、聞けるはずねぇだろ!」
叫びながら思い切りデスクに頭を叩きつけたら、すげぇ痛かった。
おでこがじんじんする。
頭蓋骨が割れて脳みそ出てきちゃってたらどうしよう。
「どうしたんですか、突然。書類でわからない部分でもありました?」
デスクに頭を乗せたまま、そろそろと顔だけをバニーの方へ向ければ、綺麗に澄んだエメラルドの瞳と視線が合った。
コンビを組んだばかりの頃と比べたら、随分とやさしい声と表情をするようになったなと思う。
でも今はそのやさしさが時々、きゅっと胸を締め付ける。
お前のその目は、一体いつまでそんな風に俺を見ていてくれるんだろうか、とか、いつか別のやつに向けてしまうんだろうか、なんてことを考えては苦しくなって、だけど俺はそれを一つも声に出すことができない。
やさしいお前はきっと本音を隠して、柔らかく笑って否定するだろうから。
「やっぱ聞けねぇわ…」
溜息を吐き出しながら項垂れると、何を思ったのか、バニーはちいさく笑って肩を竦めた。
「何をそんなに遠慮しているんです?虎徹さんが仕事で行き詰るのなんていつものことでしょう?」
「あぁ、そうだな……って、おいバニー!それはちょっと失礼だろ!これでも俺は一応お前の先輩なんだぞ!」
「ではもう、溜まった書類の手助けは必要ないと?」
バニーはそう言って、すっと目を細めながら俺のデスクに山積みされた書類を見遣った。
誰だよ、こんなに仕事溜め込んだやつは!
……すんません、俺です。
ちょこちょこ休憩取ったり、トレーニングセンターに逃げ出してて、気付いた時にはこんなに溜まってたんです。
しかも、今日が提出期限の書類も何枚かあるわけで。
それを全部一人でやるのはどう考えても、無理だ。
「ぜひサポートお願いします、バーナビーさんっ!」
崩していた姿勢をびしっと正して、がばっと頭を下げる。
そして窺うようにちらっと上目遣いにバニーを見ると、嬉しそうな楽しそうな顔で笑ってた。
「ふふっ、虎徹さんにお願いされてしまったら断れませんね」
出来る後輩を持つと、先輩は安心して仕事を任せられるってもんだ。
ん?でも会社では同僚になるのか?
アポロンメディアの入社はたぶん同時期だし。
…まぁ、なんだっていいか。
どんな時でも助け合いの精神が大事だもんな!
「じゃあ、さっそく…」
書類の山から半分ほど手に取って差し出すと、バニーは受け取った書類すべてに目を通し、数枚ほど抜き取って、残りを再び俺へと戻した。
え?なんで?
戻された書類に首を傾げながらバニーを見ると、呆れたような溜息を返された。
「今日が期限なものは手伝いますが、それ以外のものはまだ時間がありますし、自力でやってください。もちろん、提出前にミスがないかの確認くらいはしますので」
「っだ!結局それかよ!」
「虎徹さんも一応は会社員なんですから、給料に見合った仕事をしないと、ロイズさんに怒られちゃいますよ」
そんなことを言われてしまえば返す言葉もなく、俺は渋々といった感じで書類と睨めっこを始めた。
ロイズさんには書類を提出する度に、社会人としての自覚ある?とかなんとかお小言をもらうしな。
しかし嫌々ながらも仕事に向き合うことで、俺の暗く沈んだ思考は一時的に頭の片隅へと追いやられた。
どの道バニーには聞けない、という諦めもあったのかもしれないが。


  ◇◇◇


「あら、タイガーじゃない。今日はあんた一人?」
「おう」
ひょっこりと現れたファイアーエンブレムに、ベンチで寝そべったまま片手を上げた。
あれからしばらくは溜まった書類を苦戦しながらも処理していたが、途中でバニーが単独の取材で抜け出したのをいいことに、そそくさとトレーニングセンターに逃げ込んだ。
経理のおばちゃんにはギロリと睨まれたけどな。
「それで、ハンサムとはどうなの?」
ベンチのあいたスペースに腰を下ろし、いかにも興味津々って感じでファイアーエンブレムが聞いた。
その目にはどこか期待の色が見える。
「あー、うん…」
苦笑しながら曖昧に頷きを返して、のろのろとベンチから起き上がると、期待の色は一瞬にして消え、ファイアーエンブレムはわずかに眉を顰めた。
「何か問題があります、って感じね」
「なんだそれ。女の勘ってやつか?」
冗談のつもりでわざとらしく明るい声で言ってみたが、上手く笑えてる自信はなかった。
たぶんファイアーエンブレムもそれに気付いていると思う。
普段はおちゃらけた態度をしているが、些細な変化や違和感に敏感なことを俺は知っている。
「あんたの顔が正直なのよ」
「……そんなに顔に出てるか?」
「少なくとも、あんたが思ってる以上にはね」
ファイアーエンブレムは別として、もしかしたらバニーにも隠し通せてるか、わかったもんじゃねぇな。
そもそも苦手なんだよ、隠し事とか。
後ろめたい気持ちがあったら、なおさらな。
はぁーって思い切り溜息を吐いたら、ファイアーエンブレムが俺の肩に手を置いた。
「いいから、アタシに話してみなさいよ。今ここにいるのは二人だけなんだし、ね?」
たしかに一人でこの気持ちを抱え込むより、コイツに話してみた方が、すこしは楽になれるのかもしれない。
バニーには言えないし、牛じゃ頼りになりそうにないしな。
「なんだ、その……バニーって若いし、モテるだろ?」
「えぇ、そうね」
ファイアーエンブレムは頷くと、モニターTVに視線を向けた。
画面には、数日前に収録したバニーの特集番組が流れている。
やたら私生活について質問を振るあたり、あのインタビュアーが惚れていることは、鈍感と言われる俺でもわかるほど一目瞭然だった。
だけどそんなことは今まで数えきれないほどあって、きっとこれから先もたくさんあるだろう。
そしていつか、俺じゃない人を選ぶ日が来るのかと思うと――。
「不安になる?」
ファイアーエンブレムが見透かしたように言って、弱く微笑んだ。
モニターTVからは、相変わらずバニーの映像が流れている。
「たしかにハンサムは若いし、ヒーローやってる上にあの美貌なら、言い寄ってくる女は多いでしょうね」
そんなことは言われなくても、デビューからずっと隣にいる俺が一番わかってる。
外に出れば必ずと言っていいほど女性ファンに囲まれている姿を見て、最初の頃は苦労してんなとか他人事のように思っていたが……今はちがう。
ほとんど無意識に唇を噛むと、口の中にじんわりと血の味が広がった。
「ハンサムの隣に立ってるのは、辛い?」
俺はゆるゆると首を振った。
辛いんじゃなくて、ただ、気持ちが変わっていくのが、怖い。
明日も俺を好きでいてくれるだろうかと期待しながら眠る夜が。
昨日と同じく俺を好きでいてくれてるだろうかと不安になりながら目覚める朝が。
「なぁ、ずっと変わらない気持ちって……あると思うか?」
俺の問いかけに、ファイアーエンブレムはすこし考える仕種をしてから、ないわ、とはっきり言った。
「でも、そうね。こういう表現、あんたは嫌でしょうけど……たとえば互いを思い合ったままどちらかが死んだとしたら、残された人は永遠に相手の気持ちを手に入れられるわ」
あんたの奥さんのようにね、とファイアーエンブレムが苦い笑みを浮かべ、俺は左手の薬指にはめている結婚指輪を見つめた。
――その指輪も楓ちゃんも含めて、虎徹さんでしょう?
いつだったか、バニーがそんなことを言ってくれたことを思い出して、すこしだけ胸が温かくなった。
「だけど生きている限り、人は変わっていくものなの。歳を取っていくのと同じように、気持ちもね」
ファイアーエンブレムはそう言うと、不意に表情をほどいてちいさく笑った。
「あんたたちがコンビを組んだばかりのこと、覚えてる?」
何が言いたいのか理解するまでに、数秒ほどかかった。
そしてわかった途端、じわじわと笑いが込み上げてきた。
「あぁ、クソ生意気で最悪だったな」
初対面の先輩をつかまえて、時代遅れだの、おじさんだの、好き放題言いやがって、不愉快極まりない奴だった。
考え方も連携も全然合わなくて、あの頃は随分と苦労したもんだ。
「それが今じゃ恋人関係にあるんだから、人間って不思議よねぇ」
「……だな」
言われてみれば、バニーは良い意味で劇的に変化したし、俺も当初に比べたらだいぶ変わったと思う。
ただ気付かなかっただけで、そういう変化もあるってことだな。
「ありがとな、お前のお陰でちょっと楽になったわ」
「そう?…じゃあそろそろ呼んであげましょうか」
「ん?誰を?」
ファイアーエンブレムの言葉に首を傾げていると、突然バニーが部屋の中に入ってきて、こっちまで歩いてきた。
え?なんでここにいんの?
しかもトレーニングウェアじゃなく、スーツ姿で。
あぁ、そっか。
そう言えば単独で取材があったんだっけ……って、そうじゃねぇだろ俺!
「おまっ、いつからいたんだよ!まさか…」
冷や汗がだらだらと流れ、わなわなと震えていると、バニーは呆れ顔で溜息を吐き出した。
「仕事を抜け出した上に、トレーニングもせずベンチで寝っ転がるというのは、あまり褒められたものじゃありませんよ?」
つまりは、あれか?
俺とファイアーエンブレムの会話を全部バニーに聞かれてたってこと?
衝撃の事実に、うがーって頭を抱えていたら、バニーがファイアーエンブレムに向かってにっこりと微笑んだ。
「ご協力ありがとうございました」
「いいのよ。じゃあアタシは仕事があるから、あとは二人でゆっくり話し合いなさいな」
立ち上がりながらそう言うと、ファイアーエンブレムはひらひらと手を振ってさっさと部屋を出て行ってしまった。
おいおい、せめてこの状況の説明くらいしてから帰れよ!
わけわかんねぇ状態でバニーと二人きりとか、どう考えても気まずいだろうが!
「虎徹さん」
「えっ?な、なんだっ?」
動揺を隠せないままとりあえず返事をすると、バニーはすこし困ったような顔で笑った。
「よかったら僕のマンションに場所を移しませんか?ここではいつ他のヒーローが顔を出すかわかりませんし」
正直なところ、聞きたいことはたくさんあった。
でもたぶんそれはバニーも同じで、それなら二人きりでゆっくり話せる方がいいだろうと思い、俺はバニーの提案に従うことにした。


  ◇◇◇


それからほどなくして、俺たちはバニーのマンションに着いた。
だだっ広いリビングの段差に腰を下ろすと、バニーがキッチンから缶ビールを取ってきてくれた。
「どうぞ」
「あ、うん…」
俺は差し出された缶ビールを受け取り、ぐいっと半分ほど一気に飲んだ。
よく冷えていて、いつもなら美味いと感じるのに、ペリエを飲むのとほとんど変わらない気がするのは、やっぱりまだ動揺しているからだろうか。
なんとも気まずい沈黙がしばらく続いて、どうすっかなぁ、と頭を悩ませていたら、同じく缶ビールを煽っていたバニーが唐突に話し始めた。
「ファイアーエンブレムさんのこと、怒らないでくださいね。僕がどうしても聞いてほしいって、お願いしたことですから」
イマイチ意味がわからなくて首を傾げると、バニーがやんわりと微笑んだ。
「虎徹さんがおかしい…、という言い方は失礼ですね。どこか余所余所しいというか、なんとなく一線引いてるような気はして……それで彼女に、それとなく本音を聞きだしてほしいと相談したんです」
あぁ、なるほど。
だから俺とアイツの会話をこっそり聞いてたってわけか。
いや、でもちょっと待てよ?
「だからって、何も盗み聞きすることねぇだろ」
「じゃあ虎徹さんに本音を聞かせてくださいって頼んだら、僕に話してくれましたか?」
「そりゃ、お前……」
話さなかっただろうな、うん。
そもそも話さなかったというか、聞けなかったから悩んでたわけだし。
「たしかに盗み聞きというのは卑怯でした。だけどこんなことでもしないと、あなたは何も話してくれないと思ったから……すみません」
「いや、まぁ、それはいいよ」
やっちゃったもんは仕方ないっていうか、過ぎたことをいまさらごちゃごちゃ言ってもな。
そんなことより、問題は俺の悩みを知られちゃったってことだ。
それこそいまさら何か言い訳をしたところで、コイツのことだから、あれこれしつこく追及してくるだろうし。
くそっ、ファイアーエンブレムめ!
なんて心の中で八つ当たりしてたら、バニーが喉をごくごくと鳴らしながら残りのビールを飲み干して、缶をぐしゃりと握り潰した。
「虎徹さんとファイアーエンブレムさんの会話を聞いていて、正直、ショックを受けました。あなたにとって僕はそんなに頼りない存在だったんだな、って」
自嘲的な苦笑いに、俺はこめかみがきゅんとなるような気持ちがして、頭をぶるぶると振った。
「そんなことない」
「じゃあ、どうしてっ……どうして僕に何も言ってくれなかったんですか」
「……言えるはず、ねぇだろ」
ただでさえバニーは今まで辛い人生を送ってきてて、ようやく明るい世界に一歩踏み出すことが出来たのに。
それをこんなおじさんが、家族も作ってやれない俺なんかが邪魔したら、お前はきっと後悔すると思うんだよ。
こんなはずじゃなかったのに、ってさ。
そんなこと言われちまったら、それこそ俺自身が立ち直れないくらい後悔する。
だから何も言えなかったし、言うつもりもなかったのに、本当お前ってやつはいろんな意味で怖いよ。
ちいさく苦笑しながら飲んだビールはすっかり温くなってて、やっぱり味なんてよくわからなかった。
「僕のこと、信じてくれてなかったんですね」
「……なんで」
「だって、そういうことでしょう?信じてないから一人で悩んで、苦しんで、それを僕に一度だって話してくれなかった。…ちがいますか?」
俺は黙った。その通りだと思ったからだ。
もちろんヒーローとしてなら、誰よりも信じている。
俺の背中を、命を安心して預けられるのは、相棒であるバニー以外にいない。
だけど、恋人としては?って聞かれたら、それはまた別問題なわけで。
まったく信じてないってわけじゃないけど、バニーの将来とか考えたら、どうしたって不安になる。
誰よりもバニーの幸せを願ってるから。
「ねぇ、虎徹さん……どうすれば、あなたの不安は取り除けますか?どうすれば、あなたを幸せにすることが出来ますか?」
バニーが弱々しく笑って、握っていた空き缶を脇に置き、そっと手を重ねてきた。
繋ぐでも握るでもなく、ただ触れるように重ねられたバニーの手は、俺よりもすこしだけ冷たかった。
「俺の幸せはな……バニー、お前が幸せになってくれることだよ」
そういえば初めて好きだと言われた日も、こうやって酒を飲みながら手を重ねてきたんだよな。
あの時はバーだったけど、でも同じようなことを言ったのを覚えてる。
「お前は二十年も苦しんできたんだんだ。だから、これからは自分のための幸せを掴め。誰にも負けねぇくらいの幸せを。……それが俺の幸せに繋がる」
たとえその中に俺の居場所がなくても、バニーが笑って過ごしていけるなら、それでいい。
ただそれを見守ることを許してくれるなら、今この気持ちと思い出を俺にくれるなら、それで――。
俺は缶ビールを揺らしながら、微笑みらしきものを浮かべてみる。
ちゃぽん、という水音がやけに響いて聞こえた。
「虎徹さんに初めて告白した日、僕が言ったことを覚えてますか?」
「え?」
咄嗟には思い出せず首を傾げると、バニーはちいさく溜息を吐いて、きゅっと表情を引き締めた。
「僕の幸せは、僕自身が決めることなんですよ。何をすれば幸せで、誰といれば幸せなのか、それは僕以外に決めることは許されないし、許すつもりもない」
「そりゃ……そう、だけど」
「でも、僕の幸せがあなたの幸せに繋がると言うのなら、僕の幸せの願ってくれるなら……僕から離れようとしないで」
重ねられていたバニーの手が、ゆっくりと俺の手を包む。
すこしだけ震えているように感じるのは、たぶん、気のせいじゃない。
「ずっと側にいて、僕を幸せにしてください」
バニーは、不意に表情をほどいて微笑むと、縋るように俺の肩口に顔を乗せた。
シャツ越しに伝わる吐息が、じんわりと熱い。
「どうか、イエスと言って」
「俺は……」
「僕を幸せに出来るのは、あなたしかいないんです」
手は震えてるのに、迷いとか躊躇い一切ないくらいの、はっきりとした声でバニーが言った。
もう、いいのかなぁ。
バニーのためにとか色々考えて来たけど、俺が何をしてやれるのかなんてわからねぇけど、この手を掴んだまま離さなくっても、いいのかなぁ。
「それでお前は幸せになれんの?」
「虎徹さんじゃなきゃ、僕は一生幸せになれません」
「そっかぁ……じゃあ、俺が幸せにしてやるしかねぇな」
俺はちいさく笑って、バニーの背中にそっと片腕を回した。
重ねていた手は離さないまま。
「……ほんとうに?」
そろそろと肩口から顔を上げたバニーの髪をくしゃりと撫でて、おでこに一つキスをしてやった。
「だって、俺じゃなきゃ駄目なんだろ?だったら、二人とも幸せになれる道を選ぶしかねぇじゃん」
「あぁ、虎徹さん!愛してます!」
下唇を出しながら上目遣いに見ると、感極まったようにバニーが言って、抱き寄せられたかと思うと、そのまま唇にキスされた。
あの日した子供みたいなやつじゃなくて、もっと甘い、恋人同士のキスを。
舌が絡み合い、重なった唇の端から唾液が溢れてるのがわかって、恥ずかしさから顔が熱くなった。
「ふっ…ばにぃ……」
ちょっとだけ苦しくなって唇を離すと、バニーが熱を帯びた目で俺を見た。
同じ男だからこそわかる、その目に宿した劣情に、下半身がぞくぞくと熱を持ち始める。
「虎徹さん、僕は今すぐあなたを抱きたい。……あなたのすべてを、僕にくれませんか?」
耳元に掠めるようなキスをしながら、艶めいた声で囁いてくる。
俺はまるで全身が心臓になっちまったみたいな錯覚にくらくらしながらも、なんとかちいさく頷きを返した。


  ◇◇◇


その後、そのまま寝室に傾れ込もうとしたバニーをどうにか説得し、交代でシャワーを使った。
お互いに理性がギリギリのところまで来ていたことはわかっていたが、どんな状態であっても準備というものは必要だ。
自分が抱かれる側なら、なおさらだ。
一緒に浴びようとするバニーに、頼むから一人で入らせてくれと言い聞かせて先に浴びてもらい、俺はトイレで三十分ほど羞恥心と格闘してから、いつもの倍以上の時間をかけてシャワーを浴びた。
用意してあったバスローブを羽織って浴室を出ると、同じくバスローブ姿のバニーがリビングのリクライニングチェアに座ってで俺を待っていた。
大きく開いた襟から覗く胸元が色っぽくて、顔に熱が集まってくる。
バニーはリクライニングチェアから立ち上がると、にっこりと微笑んで、慣れたように俺の背中と膝裏に腕を回し、すっと抱き上げた。
いわゆる、お姫様抱っこというやつだ。
寝室の照明は最低限に落とされていて、普段なら眠気を誘う薄闇は、俺の緊張をすこしだけほぐしてくれた。
「虎徹さん」
俺をベッドの上に下ろすなり、ゆっくりと押し倒しながらバニーが唇を塞いだ。
さっきよりもずっと深く、歯列を丹念になぞり、つい逃げようとする俺の舌をねっとりと絡め取っていく。
ちょっ、なんでコイツこんなキス上手いの!
もうおじさん腰が砕けそうなんだけど!
キスするだけでおたおたしている俺をよそに、バニーはするりとバスローブの隙間に指先を滑らせた。
男なんだから揉む胸なんてないのに、と思っていたら、乳首を転がすように撫でられて思わず変な声が出た。
「……ぁ、んっ」
恥ずかしくなって、なんとか堪えようと唇をきつく噛み締める。
だけど両方の乳首を交互に、しかも執拗に撫でられると、疼きだしていた下腹部がはっきりと形を変えていくのがわかった。
「ばにぃ…それ、やだっ……」
駄々をこねる子供みたいに頭を振ると、バニーはどこか楽しそうに微笑んだ。
「気持ちよくないですか?」
「んっ……そうじゃ、ねぇけど…」
アラフォーのおじさんが乳首いじられて感じるとか、どう考えても情けなくてみっともないだろ。
変な声まで出るし。
年上としての威厳というものが失われつつあるというか、なんというか。
「っだ!…もう……わかれよ、バカ!」
「ふふっ、すみません。可愛くて、つい調子に乗りました」
そう言いながら手を休めないあたり、絶対コイツ反省してねぇな。
顔がこれでもかってくらい緩んでやがるし。
っていうかおじさん相手に、可愛いって何だよ!
いや、まぁ、幻滅されるよりはずっとマシなんだけど。
「……なんかお前、余裕あるよな」
下唇を出しながら言うと、バニーはぱちぱちと瞬きをして、それからちいさく苦笑した。
「ありませんよ、余裕なんて。ただあなたを傷付けたくないから、なんとか理性を保ってるだけです」
言われてみれば、乳首を撫でる手はすこし汗ばんでいるし、エメラルドの瞳も熱に浮かされている気がしないでもない。
もしかして、見た目以上に我慢してたりするのだろうか。
同じもんが付いてて、しかも一回り以上も年上のおじさん相手に。
「傷付くとか……べつに、俺はそんなに柔じゃねぇし…」
「えぇ、わかってます。でも好きな人には誰だって、やさしくしたいと思うでしょう?」
「そ…ういうもん、なの…か?」
「そういうものなんです」
自分がされる側だとイマイチしっくりこないけど、たしかに自分がする側だったら同じことを考えるような気がする。
というか、考えてたな。
初恋の相手であり、ただ一人愛した女に。
「………とか言ってるくせに、お前の元気なジュニアが当たってんだけど」
「だから言ったじゃないですか、余裕なんかないって」
バニーはバスローブの腰ひもをしゅるりとほどきながら言うと、俺の乳首にちゅっと吸い付き、パンツの中にするりと手を突っ込んだ。
反射的に体がびくんと跳ね上がる。
「ちょっ……ばに、待てって…!」
「どうして?このままじゃ、あなただって辛いでしょう?」
「そ、だけどっ…は、ぁ……俺だけ、とか…恥ずかしい……だろっ…」
ほとんど睨みつけるように見上げれば、バニーは愛撫の手を一旦休め、自分のバスローブを躊躇なく脱ぎ捨てた。
余分な脂肪のない引き締まった体は、男である自分から見ても美しいと思えるほどで、ついつい見入ってしまう。
そもそも、バニーの裸をこんなにもまじまじと見たことなんてなかった。
だがしかし一番に視線がいってしまうのは、やはり下半身の方だった。
正確に言うと、下半身に堂々と鎮座しているバニーのジュニアだ。
下着越しでもはっきりと主張して見えるそれは、目を瞠るほどご立派なもので、思わずごくんと生唾を呑み込んでしまった。
もちろん期待感からではなく、そのご立派なものを自分が受け入れられるのかという困惑の方で。
「お前……なんつーもん、ぶら下げてんだ」
「何って、虎徹さんにも同じものがついてるじゃないですか」
「そうだけど!俺のとは全然ちげぇの!お前のやつは、どうっからどう見ても凶器だ!」
悔しいやら悲しいやら、なんか同じ男として複雑な気持ちになる。
ってか、このデカさはマジで凶器だろ。
「まぁ……あなたに突き刺すという意味合いでは、間違っていませんが」
うわっ、スタイリッシュでクールなバニーちゃんが下ネタとかすげぇ貴重……じゃなくて!
今コイツしれっと、突き刺すって言った?言ったよね?
その凶器としか言いようのないそいつを、本来なら出口だある場所にぶっ刺そうと思ってるってことだよな?
そりゃ俺だって一応それなりに覚悟して準備はしたけど、それにしたってこれは、なんというか。
「ちょっとそれは無理があるんじゃないかなぁ?」
「心配には及びません。なので虎徹さんは、安心して僕に身を委ねてくれれば大丈夫ですよ」
「……無茶言うね、お前」
どう安心したらいいのか全然わからないんだけど。
むしろ不安で胸がいっぱいなんだけど。
頬を引き攣らせていると、いつの間にか全裸になっていたバニーが、いきなり俺のパンツをずり下げて、二つを片手で握りながら一緒に扱き始めた。
「な、何っ……」
「一度出さないと、お互いに辛いでしょう?」
「だからって、こんな……あ、あっ」
熱くぬめったものが裏筋を上下に擦り、耳を塞ぎたくなるほどの卑猥な音を立てる。
しかも、もう片方の手では乳首を撫でられているもんだから、たまったもんじゃない。
あっと言う間に限界が近づいてきて、縋るようにバニーの首に腕を回すと、扱く手がさらに早まった。
「んっ…ばに……も、イク…!」
「どうぞ、このまま出してください」
駆け抜ける快感にゾクゾクと背中が震えて、耳元で囁かれると同時に堪えきれず射精した。
どうやらバニーもほとんど一緒に出したらしく、二人分の精液がだらりと腹の上に落ちているのがわかる。
体の力が抜けて射精の余韻に浸っていると、バニーがベッドの下に隠していたらしいタオルで、腹の上を綺麗に拭ってくれた。
「ふふっ…可愛かったです、虎徹さん」
「バカ言うな、このエロ兎め」
「本当のことですよ。……さて、ちょっと冷たいかもしれませんが、すこしだけ我慢してください」
そう言うや否や、突然とろりとしたものをぶっかけられた。
これは聞くまでもなく、いわゆるローションというやつにちがいない。
こんなもんまでベッドの下に隠していやがったのか、コイツは!
その用意周到さを褒めるべきなのかどうなのか、なんとも微妙なところだ。
というか、今からぶっ刺す気満々なの?
「いやいやいや、そいつはマジで入らないとおじさんは思うんだよね」
一回出してるにもかかわらず、デカさがほとんど変わらないってどうなの?
これが若さってやつなの?
だとしたら、年齢的体力の差についていける自信ないんだけど。
「痛みがないようにゆっくり慣らしますから、ぜんぶ僕に任せて?」
「お前は一度、自分の下半身を省みろ……って、ぅわ!」
話してる途中でいきなり骨ばった指がぬめりと奥に入ってきて、あまりの違和感に体がびくんと飛び跳ねた。
ローションでこれでもかってくらい濡らされてるせいか痛みはないもののと、これはちょっと、いやかなり気持ち悪い。
「ふっ…ばに、まて…って……」
「大丈夫ですよ。だから落ち着いて体の力を抜いてください」
「むりっ……ぬけって、バカ!…ほん、とっ…に…むりぃ……んぁ!」
不意に、中で蠢く指が何かを引っ掻くように掠めると、一体何が起きたのか、腰が勝手に浮いて目の前がちかちかとした。
するとバニーは嬉しそうに微笑んで、ちゅっと触れるだけのキスをしてきた。
「ここが気持ちいいんですか?」
「知らねぇ、よっ…!」
わけがわからず首をぷるぷると振ったが、さらに一本指を増やされた上に、さっきと同じ場所を今度は強く押されて体がぐっと仰け反った。
もう言葉を発する余裕すらない。
混乱しながらも必死にバニーの腕へ縋り、なんとか堪えようとしていると、いつの間にか三本も指を突っ込まれていた。
「いい感じにほぐれてきましたね」
そう言うと、一気に指を引き抜かれて、代わりに火傷するんじゃないかってくらい熱いもんを押し当てられた。
それが何なのかなんて、わざわざ見なくてもわかる。
俺からすれば凶器と呼んでも決して過言ではない、バニーのご立派なジュニアだ。
そしてそいつは今、俺の中に侵入しようと待機しているわけで。
「は、ぁ……ばにぃ…やっぱ無理、だって……」
「僕を信じてください、ね?」
これでもかというほど甘い声で言われてしまえば、突っ撥ねることも出来ない。
これはもう、腹を括るしかねぇな。
俺はぐっと息をつめ、それからゆっくりと吐き出した。
「……裏切るなよ、相棒」
「もちろんです、僕の愛しい人」
バニーは顔中にキスの雨を降らすと、慎重に腰を押し進めてきた。
侵入してくる瞬間は不安と緊張で体が強張ったが、先端部分を通り過ぎると、あとは思ったよりも痛みはなかった。
ただ孔がどれだけ広がってるんだろかと考えると、ちょっとだけ怖い。
「やっと一つになれましたね」
覆い被さりながら、やや上ずった囁かれて、体の奥がじんわりと熱くなった。
もう後戻りは出来ない。
でもそれは後悔や不安なんかじゃなく、幸福や安心に近いような気がした。
「ふっ…ばにぃ……しあわせか…?」
「え、?」
「おまえを……しあわせに、して…やれてるか…?」
繋がることがすべてじゃないと思ってることは、ちゃんとわかっている。
体だけの関係を求めていたのなら、たぶん、バニーは俺を選んではいない。
本当に大事なのは、きっとこれから先のことだ。
それでも今、こうして体を繋げることで、すこしでもコイツを幸せにしてやれてるならいいなと、心からそう思う。
「はい……僕は、幸せですよ」
バニーはちいさく頷いて、俺の体をより強く抱き締めた。
ぴったりとくっついた肌が温かくて心地いい。
「愛しい人を抱き締めて、キスをして、肌に触れて……あなたが僕を世界中の誰よりも幸せにしてくれているんです」
「じゃあ、なんで泣いてんの…?」
滲んだエメラルドの瞳に手を伸ばし、零れる涙をそっと拭ってやると、バニーがやんわりと微笑んだ。
「幸せだからに決まってるじゃないですか」
「バニーは泣き虫だなぁ…」
「ふふっ、あなたの前でだけですよ」
そう言って俺の手のひらにキスをすると、いたずらっぽい笑みを浮かべ、ゆっくりと腰を動かし始めた。
途端に襲ってくる違和感と、すこしの快楽に、体がぶるりと震える。
「ちょっ……せっかくいい雰囲気だった、のにっ…ぁあ!」
「だからこそ、でしょう?記憶力はいい方なので安心してください。あなたの感じる場所はちゃんと覚えてますから」
「んんっ…この、エロ兎!」
しかし奥を突かれる度に射精の時に似た快感が押し寄せてきて、頭の中が真っ白になっていく。
揺さぶられながらもなんとか背中に腕を回すと、さらに動きが激しくなり、バニーは目を眇めて、何かを堪えるように眉を寄せた。
何度も腰を打ちつけられ、急き立てるように手で包んで扱き上げる。
たまらずに後ろを喰い締めると、バニーがぐっと突き上げて低く呻いた。
「虎徹さんっ…」
「ぅ、あ……ばにっ…!」
名前を呼ぶと同時に、どっと奥に熱い精液を注ぎ込まれる。
目の眩むような幸福と快感に、俺も体を仰け反らせて射精した。
よもやこの歳になって新しい扉を開くことになろうとは、思いもしなかったぜ。
……というか、初めてのセックスで中出しってどういうことだ!
だけど文句を言う体力すら残ってなくて、代わりにピロートークそっちのけで寝てやることにした。


  ◇◇◇


「やだ、ハンサムったら、そんなに凄いの?」
澄んだブルーのカクテルを飲みながら、ファイアーエンブレムが楽しそうに笑った。
コイツと二人きりで酒を飲むのは、随分と久し振りな気がする。
「凄いなんてもんじゃねぇよ」
俺は焼酎のロックを煽ってから、ぐっと眉間に皺を寄せた。
あの日は結局そのまま朝まで眠ってしまい、喉が渇いて起き上がろうとしたら、ビックリするくらい腰が痛くてベッドから転がり落ちたのだ。
しかも中出しされたせいで腹も下して、それはもう散々だった。
「痛みが引くまで三日もかかったんだぞ?」
「仕方ないわよ。ハンサムとちがって、若くないんだし」
「そっ…れは、そうだけど……」
年齢のことを指摘されてしまうと、ぐうの音も出ないわけだが。
ちくしょう、俺だってまだまだ現役なのに。
「まぁ、その痛みも幸せの結果なんだからいいじゃない」
「代償がデカいっての」
「あとは慣れね。回数をこなしていけば、そのうち痛みなんて感じなくなるわよ」
「……そういうもんなの?どれくらい?」
「そんなのアタシにわかるわけないでしょ!人それぞれ、ちがうんだから」
たしかに、俺の体の順応性をコイツが知ってたらビックリだ。
でもあいつのデカさに慣れるとなると、一桁じゃ難しそうだな。
「うーん…」
唸りながらカウンターに突っ伏すと、ファイアーエンブレムがぽんっと背中を叩いた。
「あんまり深く考えなさんな。そのへんはあとでハンサムと話し合うことにして、今はお酒を楽しみましょ」
「そうだな……うん、飲もう!もちろんお前の奢りだろ?」
「いいわよぉ。じゃあタイガーの脱処女に、カンパーイ!」
「っだ!大きな声で言うんじゃねぇよ、バカ!」


この世に生きている限り、人は変わっていく。
誰もその理に逆らうことは出来ない。
だけど気持ちだけは、愛と思いやりで良い方に変わっていくのかもしれない。



fin.


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