内なる答え

 「サッチ、今日の夜空いてるかい?」
 「ああ、ごめん。先約があるんだ、ビスタと」
 「……そうかい」
 「ごめんな!」
 「まぁ、仕方がないよい。それじゃあ、また今度な」
 するりと指先が触れる。髪を優しく掻き分け、肌を撫でる指先に少しばかり心臓が動いた。
 マルコから告白を受けたのはほんの先日――。
 告白にしては淡白で抑揚も無く語られたそれは、まるで愛を語ってるようには聞こえなかった。
けれど『好きだ』とはっきりと述べたその口は同じく次々と俺の愛すべき箇所を言い連ね、冗談にも聞こえないその口調に相手が本当に自分のことを好きなんだということを認識せざるを負えなかった。
『返事はいらない』
 予防線の様に張られたそれはその告白に対する衝撃をいくらか和らげた。自分にその気がないことをマルコはきちんとわかっていたのだ。
けれどそれならばなぜ俺に告げる必要があったのだろうか?
 「そういえばサッチ、次の島での補給のことなんだがよい」
 マルコの肩が俺の背に触れる。
 「――おい、離れろよ」
 「何でだよい?」
 「……近いだろ、距離が」
 「話をしてるから当たり前だろい?」
 「そういうことじゃなくて――」
 その足がさらに動いて、今度はその顔が自分の顔の前へと近づいた。
 なんのことはない。
ただ、手にしたリストをもっとよく自分に見せるためだ。
 匂いが鼻につく。
 それはたまに吸っているマルコの煙草の匂いであり、それが強く香ると言うことは互いの距離がとても近いと言うこと。
 先刻、心音を一時速めた心臓がトクトクと確かな音をもって再び速度を速め出した。
何を動揺することがあるのだろうか?
 「サッチ」
 息が、マルコに呼ばれた俺の名が、耳に触れる――。
 「――顔が赤いよい?」
 指が頬を撫でた。
 感じる熱さはどこから来ているものだろうか?
 触れたマルコの指先、いや、赤くなったと言う自分のものからが大きいだろう。
 その熱をさらに上げる様に心臓がより速く動く。
 早く離れた方がいい。
 早く手遅れにならないうちに。
――手遅れ?
 「可愛いねい」
 クツクツと笑う声がする。
 マルコがとても楽しそうに笑っていた。
 そう言えば、さきほど俺に顔が赤いと告げたその時の顔は何かを含んだような少し意地の悪い笑みだった。
 「好きだよい、サッチ」
 「マル、コ?」
 「返事はいらない。もう貰ってるからねい」
 唇に何かが当たった。
 それが〈何か〉、なんてもうわかってる。
 思わず閉じた視界を再び開けばやはり楽しそうに笑っているマルコが見えた。
 「もう一度聞くよい、サッチ。今夜は空いてるかい?」
 「……空いてます」
 気が付けば口が勝手にそう言葉を紡ぎ、その答えを聞いたマルコが俺の胸の中にいた。
 どうしようかと思いあぐねた挙句、そっと腕をその背に回した。
 「気が付くのが遅いんだよい」
 不満気でそれでも嬉しそうな声に、自分もまた素直に嬉しいと思えた――。



東京の大宴海でお土産と共に持ってった小話です。

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