秘められた奇跡

「マルコ!危ない!!」


戦闘中、マルコが負傷した。
海楼石でも無い限り不死鳥の能力を持つマルコが多少傷ついたところでなんら問題は無いのだが、今回は事情が違った。
敵に投げ飛ばされたマルコはその拍子にマストに頭部を強打してしまったのだ。
そのあまりに強い衝撃はマルコの意識を奪った。

「マルコ!マルコ!」
倒れた体をサッチが抱き上げる。
けれども動かないマルコに誰もが怒りを露わにした。
戦場をおいてマルコの体を医務室へと運ぶサッチ。
それを止めようとする敵に他の面々が応戦し、叩き潰す。
やがて戦闘では大勝利を収め、程なくしてマルコの意識も戻った。
知らせを受けて心配していた面々も安堵の息を零す。
しかし本当の問題は実はここからだった……。



「「記憶喪失!?」」
「ああ」
マルコが負傷したと聞いてエース、そしてビスタが駆けつけた。
駆けつけた二人に船医がマルコの容体を説明する。
「そんな!俺たちのこともわからないのかよ!?」
「そうだ」
「なんでだよ!」
「エース、落ち着け」
「落ち着いてられるかよ!どうすんだよ!?なあ!」
勢い余ってエースの手は船医の首元を締め上げる。
「たっ、多分、衝撃による一時的なショックが原因だろうからそんなに心配はないはずだが……」
詰め寄るエースに胸倉を掴まれた船医は苦しげに答える。
「そうなのか、よかった」
安堵の息を吐き、船医から手を離すエース。
船医も解放されたことに深く息を吐く。
船医の言葉にエースは納得したようだったがその物言いに何か引っ掛かりを感じたビスタが慎重に言葉を続けた。
「“だが”どうしたんた?」
ビスタの問いに船医はばつが悪そうな顔を浮かべた。
その表情にエースも再び不安にあおられる。
「まだ何かあるのかよ!?」
上がる心配の声に船医は頭を掻き、躊躇いがちに口を開いた。
「ちと、投げ飛ばされたときの状況が悪かったらしい」
「状況?」
曖昧な物言いにビスタも眉をしかめる。
「まあ、見たほうが早いはずだ。隣の部屋のベッドに寝ている。今はサッチがついている」
「行こう!」
「あ、こら!静かにするんだぞ!」
船医の呼びかけは聞こえているのだろうか。
エースはすぐさま部屋を飛び出した。



「マルコ!!!」
ドアを開け、叫ぶ。
エースの目にベッドに腰掛けるサッチとマルコの姿が映る。
「マルコ……?」
しかしその姿を見てエースは若干戸惑いの声を零した。
「エース。お前もうちょっと静かに入って来いよ。ドア、壊れてんぞ」
呆れたようなサッチの声が響く。
「あ、ごめん……」
「ようやく眠ったところだってのにマルコも起きちまう」
そう言ってサッチは優しくマルコの頭を撫でる。
「でもサッチ、それ……」
「ああ。船医から聞いたろう?仕方ないさ」
「いや……」
“仕方ない”とはどういう意味だろうか。
なぜ記憶を失ったマルコがこうしてこんな状態でサッチの腕に抱かれているのか……。
エースには訳がわからない。

「ぴよい!」

何と声を掛けようかその場で迷っていたエースの耳元に甲高い声が響く。
「ほら起きちまった」
サッチは軽く窘める様にエースを見た。
そしてマルコの方へと向き直る。
「ごめんな、うるさかったか?」
「ぴーよい!」
「ははっ、ありがとな」
「……言葉がわかるのか?」
自分はさっぱりわからないのにまるでその言葉を理解しているようなサッチにエースは声をかけた。
「んー?いや、なんとなくかな。ほら、笑ってるしな」
「ぴゅよい!」
……わからない。
なんとなくでもわからないし、そもそも笑ってるかどうかも理解しがたい。
それでもサッチにはわかるようで今もぴいぴいさえずるマルコと言葉を交わし、その体を撫でている。
「マルコのその姿って……」
ようやく疑問に思っていたことが口に出た。
エースの言葉にサッチは苦笑して見せた。
「まさかこのままの状態で記憶喪失になるなんてな。まぁ、意識が戻っただけでも俺はいいよ」
サッチがマルコの喉元を掻くとマルコはその身をより一層サッチに近づけた。
嬉しそうに喉を鳴らし、満足気に瞳を閉じる。
その姿をエースは穴が開くほど見つめた。

マルコの姿。
それは細身ながらも均整のとれた肉質に胸元を彩る刺青。
すらりと伸びる足はとんでもない破壊力を持つものの男でも目を奪われる美しさである。
けれどその姿は今はない。
代わりにあるのは青い羽毛に包まれた丸い体。
美脚と称された足は黄色く、鋭い鉤爪が光っていた。
マルコを抱くサッチの足にまさにその鉤爪が食い込んでいる。
けれどサッチは平気そうに笑いながらその体を撫で続けていた。
見た目より痛くないのか、それとも愛故か……。
マルコを襲った不運。
それはマルコが不死鳥の姿の時に襲った。
失われた大切な記憶。
色々試みたようだがどうやらこの船のこともみんなのこともサッチのことも全部マルコは忘れてしまったらしい。
自分が人間だったという記憶すらも。
今、目の前にいるのは自分のこともわからないただの鳥。

「そんな……」
悲痛な声が思わず零れた。
「なにそんな辛そうな顔してんだ。話聞いたんだろ?大丈夫、すぐに思い出すさ」
情けない表情をするエースにサッチは明るく笑う。
その笑顔に少し励まされた。
考えてみればサッチの方が辛いに決まっている。
だって二人は恋人同士なのだから。
エースは落ち着かない気持ちをなんとか押さえつけた。
「そうだよね」
「そうさ。大丈夫、すぐに戻る」
その言い方がまるで自分に言い聞かせているようで少し気にかかったが黙って頷いた。
船医も一時的なものと言ってたし、そうだ、大丈夫。
心の中でそう呟いてエースは目の前の体へと手を伸ばした。
「ねぇ、俺にも触らしてよ」
「ぴぴぃ!」
「うわっ!いってぇ!」
柔らかい羽毛に触れようとした手はその前に鋭いくちばしに阻まれてしまった。
「ははっ、いきなり掴もうとするからだ」
「こんな時でもなけりゃ思う存分触れないだろーって、痛い!」
「ぴょーい!」
引っ込めたのにも関わらず攻撃は止まない。
鳥相手に火傷させても不味いから能力も出せない。
「マルコー、あんまり突くとエースが可哀想だぜ?」
「ぴーよい!」
「いきなり触るやつが悪いってさ」
「ちぇっ!」
鳥になっても性格はキツイらしい。
それでもサッチの腕の中で至極満足そうに身を委ねているのは起きて初めて見た姿がサッチだったからなのか、それとも胸に残る感情がそうさせているのか。
記憶喪失になった者の気持ちもましてや鳥の気持ちなどわからないがこんな状況に陥りつつも親しげな二人の様子に少なからずエースは羨ましいという感情を抱いた。



「よいっぴ!」
あれから一週間と少し。
けれどマルコは未だに不死鳥の姿のままでもちろん記憶もないまま。
流石に周りも焦りを抱きはじめる頃だ。
「ぴぴい、よい!」
「ちょっと待てって!」
「ぴーよい♪」
周りの心配をよそにマルコは今日も楽しそうだ。
昼食の手伝いをするサッチにちょこちょこ付いて回ってはその体を突く。
宥められてはいったん止まり、しばらくしては擦り寄る。
そんな光景が繰り返される。
「可愛いなー、マルコ」
ぽつりとエースは呟いた。
「羨ましそうだな」
「だって可愛いじゃん」
「……確かにな」
エースの言葉にジョズも頷いた。
視線の先の不死鳥は上機嫌でサッチを追い回している。
尻尾は左右にぶんぶんと振られ、見るだけでその好意がわかる。



「よし飯にするぞ!」
「ぴよい!」
昼食の準備があらかた終わるとサッチも食事をとる。
そのサッチの隣にぴったりとくっつくマルコはその手ずからサッチのご飯を分けてもらう。
美味しく焼けたアップルパイの塊を頬張るとその美味しさに尻尾がぴょこぴょこと揺れる。
「ぴぴよい♪」
「そっか、美味いか」
「ぴよよい!」
身を寄せる二人はとても幸せそうに見えてみんなもそれを微笑ましそうに眺めている。

「記憶なくても口癖だけは忘れないもんなんだなー」
「よほど染みついているんだろうな」
「……このまま記憶が戻らなかったらどうなるんだろう」
「馬鹿なことを言うな。きっと戻るさ」
「うん……」
思わず呟いてしまった本音をジョズに優しく窘められ頷くもエースはやはり心配だった。
どんなに不死鳥のマルコが可愛くても、サッチが嬉しそうな顔を浮かべていても、日に日に交わす言葉に元気がなくなっていたことにエースはちゃんと気が付いていたのだ。
平気な振りをしているのは周りに迷惑をかけないため。
そして何より今は何もわからないマルコを不安にさせないためだろう。
「……どうやったら記憶戻してやれるんだろう」
ぽつりと出た言葉に聞いていた周りの者は何も言わなかった。
彼らもエースと同じ気持ちであり、そして同じようにどうすることも出来なかったからだ。

「こら、マルコ!くすぐったいから止めろって!」
「ぴーよい?ぴぴい!」
「あーもう、わかったって」
「ぴゅよい!」
果たしてマルコの記憶が戻るのはいつのことになるのだろうか。
笑い合う二人の姿は幸せそうながらもやはりちょっぴり悲しく見えた。



「ぴーよい♪」
今日もマルコは不死鳥のまま。
晴天下で洗濯物干しを手伝うサッチをさらに手伝っている。
「そこの洗濯バサミとってくれ」
「ぴーよーいー!」
ぶちんと音を立て縄に取り付けられていた洗濯ばさみを外す。
「ぴー!」
外すとすぐさまそれをサッチの手へと運ぶ。
「ありがとうな。助かるわ」
「ぴぴい!」
褒められて一層尾が揺れる。
「わっ!バカ!尻尾が洗濯物に当たってるだろうが!」
「ぴょい?」
もはや当たり前となった光景に周りも苦笑を浮かべつつ同じ様に手を動かす。
未だ元に戻らない現状は悩ましいことだったがそれでもモビーディック号は平和だった。

「うお!あぶねぇ!」
突如強風が吹き、シャツが一枚飛んだ。
船縁を越えたその一枚をサッチは懸命にキャッチした。
「大丈夫か!サッチ!」
「おう、なんとかな!」
掛けられた声に手を振り返す。
「ふぅ〜よかった……うあ!?」
「サッチ!?」
安堵して体勢を戻そうとした矢先のことだった。
再び強風が吹き、船縁から乗り出していたサッチの体が浮いた。
近くの者が慌てて駆け寄ったが遅かった。
傾いたサッチの体がまるでスローモーションのように船の外側へと倒れていく。
「ぴぃ!」
「えっ、ちょ、マルコ!お前には無理だ!」
落ちたサッチを追って不死鳥のマルコもまた海へ躍り出た。
周りが息を飲む中、激しい水しぶきが二度聞こえ、海は静まり返った。



「マルコ!マルコ!」
「……うぁ、サッチ?」
「マルコ!よかった!」
意識を取り戻した体をサッチは抱きしめた。
「記憶も戻ったんだな!」
「よかったな」
「なんだよい、みんなして……」
感激する面々を目の前にしてマルコは訳がわからない。
けれどその言葉とマルコの今の姿を目にし、周りは安堵した。
青い姿は消え、濡れた体にはしっかりとした二本の腕と足。
その唇ははっきりとした言葉を話す。
不死鳥ではなく、ちゃんとした人の姿であるマルコに誰もが喜びの表情を浮かべた。
「グララララ!お前が戻ったのが嬉しいんだろうよ」
聞こえる笑い声に皆が道を開けた。
「え?」
オヤジの登場に素早く身を起こすマルコだがその言葉には疑問を呈した。
急に起き上がった体にサッチが慌てる。
「どういうことだよい?オヤジ」
「グララララ……詳しいことは他の奴らに聞け。だがやはり海に落ちたら戻ったか。よかったじゃねぇか、サッチ」
「はぁ?」
「俺たちゃあ能力者だからな。濡れりゃ嫌でも力が失われる」
「あっ!」
エースがハッとしたように声を漏らす。
そういえばマルコは記憶を失ってから風呂には入っていない。
記憶のないただの鳥であるマルコは水浴びですら怖がっていたのだ。
けれどマルコが不死鳥の姿いられるのはその能力のおかげ。
すなわちもし水を浴びていたらその姿は鳥からたちまち人に戻っていただろう。
「オ、オヤジ、まさかこうすりゃマルコが戻るってわかってたのか!?なんで教えてくれなかったんだよ!」
サッチが声を上げる。
「記憶が戻らねぇうちにあれこれしたって意味ないだろうが。大体姿が戻ったところで記憶が戻るとは限らねぇだろう。もし混乱してパニックになってたらどうする?」
「そ、そうか」
オヤジの言葉にサッチは素直に頷いた。
「騙されるな、サッチ。本当は状況を楽しんでたんじゃないか。なぁ、オヤジ?」
「なっ、マジでか!?」
ビスタの発言にまた声を上げる。
「グラララララ……!」
オヤジは大声で笑った。
「だからなんなんだよい!?」
相変わらず訳の分からないマルコは自分を抱え込んだサッチを問い詰める。
乱暴に問い出す行為にサッチが苦しげな声を上げ、それを見て周りも笑い声を上げる。
ようやく本当の平和がモビーに返ってきた。



「迷惑かけたんだねい、サッチ」
二人きりとなった部屋の中でマルコはおもむろに言葉を発した。
「もういいさ」
「でも俺はサッチのこと……」
記憶を失くし、サッチを傷つけたことを悔いるマルコ。
サッチはそんなマルコに向かってもう一度微笑んだ。
「本当にもういいんだよ」

海に落ち、その姿と記憶を取り戻したマルコ。
それがみんなの知る事実。
海の力がマルコを元の姿へと返した。
けれど事実に隠れた真実がある。

風により宙へと投げ出されたサッチの体は真っ直ぐに海へ向って落ちた。
それを引き留めようと自らも海へと躍り出た不死鳥。
本来恐れるはずの水の塊を前にしてもそのスピードは衰えることは無かった。
あらん限りに首と羽を伸ばし、落ち行く体を捉えようとする鳥の体。
届くはずがないと思われたその懸命な想いが奇跡を生んだ。

海に飲み込まれる寸前、青い鳥は人に還った。
サッチを救おうと伸ばされたマルコの羽。
それはサッチに触れた瞬間に人の指先を取り戻した。

『サッチ!!!』

海に飲み込まれたのと恐らく同時。
サッチの耳には確かに己の名前を呼ぶマルコの声が届いていた。
身に受けた水の衝撃、全てを取り巻く水の泡。
それらを押しのけて声は届いた。

「……まさかだよなぁ」
腕に抱くマルコにも聞こえないほど小さな声でサッチは呟いた。
誰も知らないサッチだけが知る真実。
愛しい恋人がその姿を取り戻したのは海や悪魔のおかげなどでは無く自分、自分を想う愛しい恋人そのものの心であった。
「なんだよい、嬉しそうな顔して」
抱き締める力を一層強くしたサッチを見てマルコは怪訝な声を上げる。
「ん〜、やっぱり人の方がいいよなぁって」
そう囁いてさらに抱きしめる。
感じる人肌と心音に静かに目を閉じる。
「当たり前だろい」
鳥の時とは違う。
体を抱き締めるサッチに応えて同じ人の腕がその体を抱き返す。
指先が柔らかく背に食い込む。
閉じていた目を開くとサッチは青い眼に視線を向けた。
その瞳だけは鳥の時も人の時も変わらない。
けれど記憶を失っていた時とは違う確かに自分を自分だと認識しているその瞳を見てサッチはまた笑みを浮かべた。
そして再び瞳を閉じ、今度は柔らかいその唇にゆっくりと自分のものを重ねる。
交わる舌がゆったりと気持ちを蕩かして行く。
そうして柔らかな唇を味わった後、開けた瞳に映った頬を薄く染める恋人見て改めてサッチは幸せを噛み締める。
本人すらも覚えていないマルコが記憶を取り戻した瞬間の奇跡はサッチだけの愛しく幸せな秘密である。


(たった一人きりの秘め事)



4月1日を応援する企画『嘘じゃねぇから!』様に提出させていただきました♪

ずっと眠らせていた話だったのですが日の目を見ることが出来て良かった!
記憶喪失のお話はいくつか見たことあるのですが不死鳥の状態でなっちゃったらどうなるのかなぁと思ったので。
鳥マルコ可愛いですよねwww
サッチの後ろを嬉しそうに追い回す不死鳥さんが書けて満足でした(●^ω^●)


[ 7/12 ]

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