運命

【運命】ってこんなものだっただろうか。
 会社の友人に誘われて行った合コンで出会った女の子。年は自分よりも二つ上だが顔は可愛く、胸は小さいものの、スタイルはいい。遊びに誘われたと友人に報告すると羨ましがられた。良い出会いであるとは思う。
「なんだか運命を感じるね」
 誘われた合コンは実を言うと別の人が行く予定だった。だがその人が直前で体調を崩し、俺にお呼びがかかったわけである。そして偶然にも彼女も似たような事情で合コンへと来ていた。
 彼女は運命という言葉が好きなようだ。出会いはもちろん、好きな食べ物、読んだことのある本、旅行に行った場所、同じ経験や感覚に対して気軽に運命の言葉を使う。
 気が合うのは嬉しいことだ。けれど、それらに運命という仰々しい言葉を使ってもいいものだろうか。
「サッチくんは私の運命の人なんだと思う」
 女の子にこう言われて、喜ばないわけはない。けれど安易なその言葉にほんの少しだけれど違和感を覚えた。これは彼女が運命の人ではないと自分が感じているからだろうか。 それとも実感が湧いていないだけ?
 運命とはどんな意味だったろうか。
 彼女と別れて家に帰ってから高校以降、机の引き出しに仕舞い込んでいた電子辞書を取り出す。案の定、電池が切れていたが新しい電池を持ってきて取り換えると動いた。「運命」の言葉を検索する。
『【運命】1、人間の意志を超越して人に幸、不幸を与える力。また、その力によってめぐってくる幸、不幸のめぐりあわせ。運。2、将来の成り行き。今後どのようになるかということ。』
 彼女の言う【運命】は1番のことだろう。彼女と出会えたことは幸運なんだろうか。超越した何かが俺と彼女を引き合わせた?
だとしたら、この満たされない感じはなんだろう。
 胸に手を当てて、これまでのことを振り返った。
 俺は彼女に運命は感じていない。彼女のことを好ましくは感じてもそれは運命とは名づけられない。そのことに気がついて少し笑ってしまった。
 彼女を笑ったわけではない。逆だ。彼女のように、どこかで運命の出会いがあることを信じている自分にだ。
 彼女は俺の運命の人ではないと思う。けれどこの世界のどこかに、いつか出会える運命の人の存在を俺は期待している。だからこれまで彼女が出来ても長くは続かなかったのだ。なんて夢見がちなのだろう。けれど心は決まってしまった。
 彼女には明日、はっきり気持ちを伝えよう。彼女の信じる運命を壊してしまうけれど、自分が信じられない運命を受け入れるわけにもいかない。
 電子辞書に並んだ文字をもう一度見つめる。人間の意志を超越する力とはなんだろう。神様だろうか。
 電子辞書を閉じて、窓を開ける。夕方の風は涼しくて気持ちいい。
 外を眺めながら思い出したのは昔に読んだ本のことだった。
 運命で結ばれた男女の恋物語。タイトルは忘れてしまったが内容は今でも覚えている。過去に心中し損ねた恋人たちがわずかに残った前世の記憶をたどって出会い、はじめは険悪ながらもやがて奇跡のような体験を経て、また新たに深い恋へと落ちていくものだった。
 思えばあの話を読んでから運命という言葉に憧れを抱いたのかもしれない。けれど流石に、そこまでの運命を自分に対して期待はしてはいない。
 それでもいい。
 ただ目の覚めるような恋がしたい。
 心の底から求めて止まず、我慢できないほどの欲求を抱く、相手のために何もかも投げ打てる覚悟が出来るような、そんな恋を。
 下手をすれば訪れもしない白馬の王子様を待つ少女のようになるだろう。それでも構わない。
 特別だと感じる人が出来なければそれも人生だということだ。
 空を見上げ、両手を目の前にかざす。夕焼けで両手は真っ赤に染まっていた。赤い運命の糸は小指に繋がっていると言うがどちらの手に結ばれているのだろう。見えない糸の先を想像する。
 いつかこの見えぬ糸の先が見える時が来るのだろうか。

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