呼び名

バイト帰り、立ち寄ったコンビニでプリンを一つ手に取る。
上に生クリームが乗った今月新発売のカスタードプリンだ。
それだけを手に持ち、レジへと向かうその顔は嬉々とした表情を浮かべている。
だがレジに辿り着く前にその体がふと止まった。
服のポケットが振動し、中から聞こえてきたのは聞き慣れた短いメロディ。
メールだ。
手に取ったプリンを一度棚に戻し、急いでスマホを取り出して届いたメールを確認する。
短い一文がそこにあった。
「よし!」
思わず声が出る。
思いの外大きな声が出て慌てて口を噤んで周りを見る。
ちらりとこちらを見る者はいたがさほど気にされてはいないようだ。
ホッとして改めて取り直したプリンは二つ。先ほどより一つ多い。
両の手でプリンを一つずつ持った元親は先ほどよりも嬉しそうな表情を浮かべ、レジへと向かった。



「お邪魔しまーす」
「よく来たな」
ベルを鳴らすとすぐに戸が開いた。
「お土産あるぜ〜」
出迎えた元就にコンビニで買ったプリンを掲げて見せる。
「ならば茶を用意しよう」
「ああ、頼む。スプーンは貰った奴でいいよな?」
「構わぬ」
二人して奥へと進み、元親はリビングのテーブルへ。元就は茶の用意のためにキッチンへと向かった。
袋を漁り、プリンを取り出してその上にコンビニで貰ったスプーンを添える元親。
ほどなくして元就もやって来て、元親の前に冷たい紅茶が差し出された。
元就も自分の分をテーブルに置き、そして元親の対面へと腰掛ける。
「ん、美味いな」
透明のプラスチックのスプーンが生クリームを掬い、そしてプリンの表面を割る。
揺れるプリンの塊を口に入れ、舌で唇を拭う元就に思わず元親は見惚れる。
「貴様も食すがよい」
「おう」
言葉のまま自身もプリンを口にする。
甘い生クリームも良いがほどよい苦みを持ったカラメルと合わせるともっと美味しかった。
「これは当たりだったな」
美味いプリンに舌鼓を打ちながら正面で同じようにプリンを食す元就を見て、元親は会えた嬉しさを噛み締めていた。
最近は仕事が忙しいらしく会えない日々が続いていたから尚更だ。
今日も『会えないか?』という旨のメールをバイト前に送っていた元親だがその後元就からの返信は無く、今日もまた会えないのだろうと諦めていた。
だからこそコンビニで知ったメロディが流れた時は嬉しかった。
元就からの連絡だけは他のものと区別できるように音楽を変えていた。
割と長文だったメールに対し、『貴様が来い』というのみの簡素な文が返ってきたことはこの際どうでもよいことだ。
そもそも普段から元就のメールは簡潔だった。
「本当に元就は甘い物が好きだよな」
元親が笑って言った。
甘い物を食べている時の元就は可愛い。
「貴様も普段肉ばかり食しているであろうが」
「それはそうかもしれねぇけどよぉ」
「野菜も食さねば太るぞ」
「いや、普通に食事した後に山盛りのあんみつ食べちまう方が太るだろ」
以前の出来事を思い出し、元親は言い返した。
よくもまぁ、この小さな体に全て入る物だと感心したものだ。
「我は特別よ」
そう言って食べ終えたカップを脇に置くとその目はまだ残っている元親のプリンを見つめる。
「これはやらないからな!?というか、後一口しか残ってねぇだろ。ダメ!どんだけ見境ねぇんだよ……!」
「我の方が貴様より甘味を欲している」
「だからやらねぇって!」
伸びてくる手に危機を感じて最後の一口を掻きこむ様に飲み込むと恨めしそうな元就の目が無言で元親を責める。
「いや……これもともと俺のだったからな?というか、買ってきたのも俺……」
「貴様、我を喜ばすためにそれを買ったのではないのか?」
「それは……」
実のところ、元々自分が食べたかったものを元就にも買ってきたというのが正しかったが面と向かって問われると言い出しにくい。
覗き込むように近づく強い視線に元親の胸は荒立った。
「と、とにかく、もう食っちまったから!欲しかったらまた買って来てやるから!」
「ならば明日は大福にせよ。確か貴様の大学の近くに美味い店があったであろう。味は抹茶ぞ」
「注文が多いな……え、明日も来ていいのか?」
「無理強いはせぬ」
「誰も嫌だなんて言ってねぇだろ!行くよ!」
予想しなかった明日の約束に元親が破願する。
「時に長曾我部、紅茶が空なようだがおかわりはいるか?」
「……」
「要らぬか?」
「……え、あ、いやいる!欲しい!」
「では、行ってくる」
元親と己のティーカップを手に取り、元就は立ち上がる。
その背を見ながら元親は複雑な表情を浮かべていた。
「やっぱまだ慣れねぇのかな……」
ぽつりとその口から声が漏れる。
気になるのはさきほどの会話。
茶のおかわりを問う元就は“長曾我部”と自身を呼んだ。
“元親”という名が己にはあるのに。
元親の頭は遠く思いに耽る。
現代で再び出会った時、自分たちは互いの名を口にした。
それはまるで過去に抱き合った時の様に。
何も語ることなく、しかし暗黙の了解の内に今世の自分たちは上の名では無く、下の名で呼び合うことが決まっていた。
『元親』と元就が口にする度に元親は面映ゆい気持ちになる。
元親も『元就』と相手の名を呼べるのが嬉しかった。
けれど先ほどの様に元就は時折“長曾我部”と元親のことを呼ぶ。
おそらく過去の癖の様なものなのだろうが今や元就の方が板についた元親としては相手の方はまだ慣れていないのかと一抹の寂しさを覚える。
ましてや元就は固有名詞よりも代名詞で元親を呼ぶことが多かった。
つまり“元親”ではなく、“貴様”である。
実際、今日この部屋に訪れてから元就はまだ元親の名を呼んではいない。
もちろん傍にいて話しが出来るだけで十分幸せなのだがやはり気づいてしまうと不満に思う気持ちは隠せなかった。
戻ってきた元就から紅茶を受け取り、それを飲む最中もついその顔色を見てしまう。
話す口元を見て掛けられる言葉に期待をしてしまう。
だが元就が元親の名を呼ぶことは無かった。

時はあっという間に過ぎ、暗くなり始めた空が帰る頃合いを告げる。
胸の中にチリチリとした燻りが残るまま玄関へと向かうといつもはそこで別れを言って戸を閉じてしまう元就がどうしたことか靴を履いて一緒に外へと出てきた。
「どうした?」
「少し買い物の用がある故、途中まで共に行く」
「夕飯の買い出し?じゃあ、近くのスーパーまでか?」
「……ああ」
「おし!じゃあ、行こうぜ!」
並んで歩く道すがら元親の心はまた元気を取り戻していた。
こうして並んで外を歩いているとちょっとデートの様だ。
「……どうした?」
気が付くと思わずにやついた元親の顔を窺うように元就が見ている。
止まった足取りとその視線によほど自分は変な顔をしていただろうかと元親はつい顔に手を触れた。
そんな元親を見て元就の顔がふと微笑む。
「機嫌は直ったようだな」
「え……?」
微笑むその表情が思いの外、優しくてどきりとする。
言われた言葉の意味を考えるも答えを導き出すより先に元就は言葉を続ける。
「暗い顔をされたまま帰られては我とて気分が悪い」
その言葉に驚く元親。
「俺、そんなに暗い顔してたか?」
「我が悟るくらいにはな」
それはしまった。
別に元親が暗かったのは元就のせいではない。
厳密に言えば元就が原因ではあるのだが決して元就が悪いわけではないのだ。
申し訳ないと思う同時にそれでもだからこうして外までついて来てくれたのかという事実が嬉しさを生む。
「へへっ、ありがとな」
謝るよりも素直に感謝の言葉を述べた。
「やはりその方が貴様らしいな」
元就の指先が笑う元親の目元をなぞる。
予想もしなかった行為に元親の顔に朱が走った。
「どうした。顔が赤いぞ、元親」
なんて奴なんだろう。
続く元就の言葉に元親は一瞬耳を疑った。
ずっと聞きたかった言葉はこうもあっさりと吐き出される。
唇に薄笑みを浮かべる顔は今日の元親の想いを知っていたのかどうなのか。
問いかけるのも恥ずかしくて躊躇われる。
けれど意地の悪そうなその表情に胸踊らされている自分もきっとどうしようもない奴なのだろう。
「ではまた明日会おうぞ」
別れの言葉を告げた元就が背を向けて去って行く。
買い物と行ってついてきたはずなのに目的のスーパーよりも手前で引き返す元就が他のどこかに立ち寄る気配はない。
その後姿は元来た道を迷いなく進んで小さくなって行く。
「とんでもない野郎だぜ……」
ぽつりと零れる憎まれ口。
けれどその言葉にそぐわぬ表情は元親の心情を如実に表していた。
いつの間にか暗くなった空を見て、あの時の元就に自分の顔はよく見えたのだろうかと考える。
日暮れの赤よりも目立つ赤色などあるのだろうか。
もしかすると見えていなかったかもしれない。
だとすれば本当に性質が悪い。
してやられた悔しさを抱きながらも帰る道のりは高鳴る心臓の様に足早になっていた。


熱した頬は瞬く星夜の闇に溶けていく


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