巡り糸

形が欲しい。
言葉で語るのが難しい曖昧な物ではなくて、一言で言い表せる形が。
“友人”と呼ぶにはこの関係はどうしても正しい様には思えない。


「なぁ、お前らって付き合ってんの?」
突然の言葉に元親は目を丸くした。
箸で掴み損ねた卵焼きがご飯の上に落下する。
「Hey. 聞こえているのか、チカ?どうなんだよ?」
お昼休みの講義室で弁当を食べていただけなのに何故この男はそんな質問をするのだろうか。
政宗の問いに元親は驚いた。
お前らの“ら”にあたる人物が誰であるかは聞かなくてもわかる。
掴み損ねた卵焼きを拾い上げて、元親は重々しく答えた。
「……付き合ってない」
そう答えて口に入れた卵焼きの味は少しクドく、砂糖を入れ過ぎたかなと思う。
「なんだ。まだなのか」
驚く政宗の言葉に元親は一瞬、箸を止めた。
「元就のためだから……」
なにも自分が望んでいるわけではない。
言いよどむ元親を見て政宗は呆れた。
「そうやってずっと逃げているわけか」
「逃げてなんかねぇよ!」
政宗の言葉にカッとなった元親がその顔を睨む。
だがそんなことをして怯む相手でも無い。
「じゃあ、なんで告らねぇんだよ。一生、オトモダチでいるつもりか?」
かえって言い返される。
政宗の問いかけに元親はぐっと声を呑んだ。
告白はしている。ただ相手に受け入れられなかっただけだ。
そうとは言えない元親は目を伏せて黙り込んでしまう。
「あ、俺のウインナー!」
「一つくらいいいだろ」
「人の飯、取るんじゃねーよ!」
俯いた元親から弁当のウインナーを掻っ攫う政宗。
箸を伸ばして取り返そうとするも既に手遅れだ。
「事情はわからないでもないけどよ、いい加減決着をつけろよ」
諭すような言い方だが泥棒したウインナーを食べながらでは全く締まらない。
元親が言い返す前に相手は席を立ち、振り返りもせずに室内から出ていく。
「言われなくてもわかってんだよ……」
去って行く政宗の背を見送ると元親は机の上に突っ伏した。
この気持ちのやり場はどこにもない。
食べかけの弁当も食べる気を無くして仕舞い込み、やがてはじまった講義を聞きながらも頭の中では先ほどの政宗とのやり取りを思い返していた。
元親は元就と付き合いたかった。
それでもどうしようもないのだ。それが元就の意志だから。
元親の胸がチクンと痛む。
元親は元就のことが大好きだった。いや、大好きである。
この想いは現在進行形だ。
そして元就もおそらくは元親のことが好きだ。いや、自惚れなどでは無くて本当に。
でなければあの元就が頻繁に自分を傍に置くわけがない。
態度からもその気持ちは十分に伝わっていた。
何より前世で死に別れはしたけれど、二人は一度結ばれたのだ。
だからこそ出会ったあの日、元親は元就に想いを告げた。
別れ際に今でも愛していると伝えたのだ。自然と口が告げていた。
我慢できるはずもなかった。
当然、相手からも了承の返事をもらえると信じていた。
だが、結果は現在の通り。
元親と元就の関係が何かと問われたらそれは友人となるだろう。
けれど友人にしてはやはり距離が近いと思う。
友達以上恋人未満。
おそらくそんな関係だ。
元親は不満だった。
しがらみもなく付き合える時代であるのにその距離は依然として縮まらない。
いや、縮まってはいる。
なにせ自宅でお茶をする仲なのだから。
でもそういうことではない。
自分はもっと元就と触れ合いたいのだ。
昔に触れた肌の温かさが恋しかった。
手を握れば握り返してくれるような、好きだと伝えれば頷き返して貰えるような関係になりたい。
それでも元親は踏み切らなかった。
元就の抱えているものも元親は知っている。
自分たちと同じように前世を知る政宗にも知りえない、二人だけの記憶。

殺すべき相手を殺せなかったこと。
その身を匿い、相手の名を奪い、過去に縛りつけたこと。
無理矢理にその体を奪ったこと。
それでも一度は結ばれたこと。
そして最後は――。

契りを結んだ幸せな記憶とともに蘇る赤黒い血の景色。
生気を失った肌の色も覚えている。
昔のことだと言えばそれまでだけれど、あの時の血の色は今でも鮮明に思い出せる。
きっと元就はその血肉を裂いた感触さえ覚えているのだろう。
元親は元就と今度こそちゃんと結ばれたかった。
あの日得た物を、あの日失った物を、取り戻したい。
そして今度こそ手放したくない。
だが、元就の気持ちも無視できない。
あんな形で別れを迎えたのだ。
ただ国を守るためにしていた殺し合いとは違う。
もし元親があの合戦で、躊躇わずに命を奪えていたのなら――。
それだけだったなら、領地も家柄も無いこの時代でやり直すことは容易だったに違いない。
政宗の言うように決着も早くついたかもしれない。
だがそれよりも深い、断ち切れない因縁が二人の間には結ばれている。
自分のしでかした事の大きさが元親の想いを抑制していた。
それに断られはしたけれども、拒絶されたわけではない。
きっともっと時間が必要なのだ。
何度も考え、何度も辿り着いた答えをもう一度自分に言い聞かせると元親は椅子から立ち上がった。
手元の真っ白なノートについては考えない。
授業が終わり、人の少なくなった講義室でスマホを取り出してメールを打つ。
『暇になったら電話くれ』
珍しく短い文面。
荷物をまとめて講義室を出た後にその返事は返って来た。
鳴り響く着信音に素早く通話ボタンを押す。
「なぁ、今夜は一緒に飯食おうぜ」
突然の申し出に相手が答えを返すまでに数秒。
「ああ、待ってるぜ。とびきり美味いの作ってやるよ!」
そうして返って来た答えに頬をゆるませた元親は嬉しそうに頷いた。


消えぬ過去、届かぬ今、それでも未来は――。


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