時忘れ

どうしようどきどきする。
招かれた部屋の中で元親はそわそわとしていた。
意味も無く通された部屋の中を見回し、ときおり手先を弄る。
最終的にはそれも止めて少し荷物を片付けてくると元就が出て行った扉をじっと見つめた。
長年と称するのもなんだか簡単すぎて物足りなく感じる。
実際には生まれ変わるまでの期間の記憶も無く、待っていたのは昔の記憶をはっきり意識するようになった5歳くらいからだったがそれでも長く待った。
前世で元就を失ってから生きた余生を考えるとさらに長い気がする。
遠くて近しい己が過去。
何百年の時を経て再び出会った相手は元親に向かい柔らかく微笑みかけた。
そんな表情は過去にも見たことは無かった。
相手もまた覚えていてくれた。
その事実は予想外で。嬉しくて。
幸せでたまらなかった。
胸がいっぱいで元親には言葉さえも上手く紡ぐことが出来なかった。
言葉に出来たのは無意識のうちに零れ落ちた愛しい相手の名前だけ。
後は見つめることしか出来なかった。
まるで夢の中にいるように頭がふわふわとしていた。
そうして何を話せば良いだろうと迷っているうちに家に来ないかと誘われた。
もちろん頷いた。
行く予定だったはずの講義のことは頭から抜け落ちていて、思い出してももうどうでもよかった。
二、三歩先を行く相手の背を追いながら言葉も無く歩む道のりはどきどきしてそわそわしてそして少しだけ不安だった。
着いていった先で何が起こるかわからないから。
背中を追う相手の胸の内がまだ全ては読めないから。
それでも微笑みかけてくれた事実が自信をくれる。
“元就”
ずっとずっと会いたかった。
胸の中で何度もその名前を反芻する。
穏やかな日の照らす昼下がり。無言のまま歩く道のりは長いようであっという間だった。

「コーヒーでいいか?」
戻ってきた元就が隣の部屋に見える流し台へと向かい、元親に問う。
「ああ……あ、他には何かあるのか?」
「紅茶と緑茶がある」
「じゃあ、紅茶くれよ」
「遠慮のない奴だな」
「何がいいか聞いたのはそっちだろ」
「ふん。ただ言ってみただけのことよ」
一見、素っ気ない口調のように思えるがその声音は優しいものだ。
声だけじゃない。
纏うその雰囲気も以前に比べるとひどく柔らかなものではないかと思えた。
「ありがとな」
差し出されたティーカップを手に取る。
薄緑色のティーカップは絵柄もなくシンプルなものだった。
温かい紅茶で乾きかけていた口の中を潤す。
「ん……美味い」
「熱くはないか?」
「大丈夫。丁度いい」
「そうか」
「……」
訪れた沈黙にまた一口紅茶を啜る。
どきどきとそわそわの落ち着かない空気がまた戻ってきた。
「それで貴様は今どうしておるのだ」
「え?」
「見たところまだ学生のようだな」
不意に口を開いた元就の視線が元親の鞄へと向けられる。
隙間から講義用の参考書が見えていた。
「ああ。今はほら、さっき会った場所の近くにある大学に通ってるんだ」
午後からの講義はさぼってしまったけれど。
元親がいた桜並木から通う大学はものの15分で辿り着く。
「大学生か。何年だ?」
「この間、2年になった」
「……まだ未成年か」
「まぁな」
「若いな」
元親の言葉を聞いて元就は自分の茶に口をつける。
なにかを考えているようだったがそれは元親にはわからない。
そういえば元就の方はどうなのだろうかと問いかけた。
「元就はいまいくつ何だ?」
「我はもう30を超えておる」
「はぁ!?え、ちょ、それってアラサー……マジで?」
「先月で34になった」
「さんじゅうよんさい!」
元就の言葉に思わず飲みかけのお茶を噴き出しそうになり、それでもなんとか飲み込む。
同じ私服の姿である元就はてっきりまだ同じ学生であり、年もそう変わらないものだろうと思っていたがとんだ誤算である。
見た目が若く見えるから騙された。いや、相手には騙すつもりもなかったのだろうが。
前の世だってここまで離れてはいなかった。
思わぬ年の差に少し呆然とする。
「学部は何なのだ?」
「え?あ、ああ……理工学部で機械工学科にいる」
「なるほど。そう言えばカラクリが好きであったな」
「おう!今は技術も進んでておもしれーものもいっぱいあるんだ」
気が付けば最近の機械事情から講義の内容やロボット研究など自身の興味あることを元親は話し続けていた。
語るその顔は本当に楽しそうである。それを見る元就の目もまた心なしか優しかった。
嬉々として元親は語り続ける。
けれど漸くふと元就の方はこういう話は好きでは無かっただろうかと思い当たり口を閉じる。
気が付けば優に一時間以上、趣味のことで話し込んでいたことになる。
「どうした?」
「あ、いやちょっと俺ばっかりしゃべり過ぎたかなって思ってよ……」
「そんなことか。別に気にせぬ。話したければ話すがよい」
そう言って手元のティーカップに目をやる。
「茶が無くなっているな。待っていろ。新しく入れてやる」
気にしなくてもいいと言う元親を残し、立ち上がる元就。
元親はただそれを待つ。
思えば話を聞いている間ずっと元就は目を逸らさず、相槌を打って時には元親に話を合わせてくれていた。
こういう事に元就が強く興味を抱くとも思えなかったので話を聞いてくれたのはもしかして自分のため、もしくは自分と話すのがそれなりに楽しいと思ってくれているのだろうかと少し期待する。
「待たせたな」
「いや、すまねぇ」
「茶菓子だ。桜餅でよかったか?」
「ああ。ありがとな」
差し出された茶菓子を見て元親は笑った。
現代でも餅が好きなのかと過去の共通点を見つけて嬉しくなる。
沸かしたての紅茶に口をつけ、その後はずっと他愛ない今の自分たちのことを語り合った。


沈み行く日の眩しさに時を思い出す


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