温もりの日

『ほんに愛しい子……』

優しい声が聞こえた。
温かなものが額を撫でている。
ゆるゆると浮上する意識にそっと目を開けた。
眩しい日輪の光が注いでいる。
「目が覚めましたか」
「母上!」
「ああ、無理に起きなくてもよいのですよ」
「いえ、起きます!」
優しげな母の言葉に対し、松寿丸は勢いよく身体を起こした。
「いつからいらっしゃったのですか?」
急いで乱れた身なりを手で叩き、整えると松寿丸は母に向かって尋ねた。
「ほんの少し前ですよ。気持ちよさそうに寝入っておりましたね」
「あの……その、つい、日輪の陽が心地よくて……」
松寿丸の口が決まり悪そうにもごもごとした動きになったのは今が学問を学ぶ時刻であったからである。
安芸の歴史を教えるはずだった師は急用があるとかで途中で席を外してしまい、松寿丸は一人になっていた。
それでついつい転寝をしてしまったのだ。
柔らかな日輪の光に誘われるかの如くであった。
「ふふっ、気持ちはわかりますよ。こんなに気持ちが良い日ですもの。私でもそうしたくなります。父上には内緒にしておきましょうね」
「はい」
母の言葉に松寿丸は頬を染めて頷いた。
優しい母のことが松寿丸は大好きであった。
「こちらへおいで、松寿丸」
膝を叩く母の姿に松寿丸は少し戸惑った。
母に甘えたい気持ちはあるが松寿丸とてもう8歳になる男子である。
母のことは大好きであったがここで言われる通り、母の膝の上に乗ってもいいものだろうかという葛藤が生まれていた。
「大丈夫。ここにいるのは私たちだけですもの」
悪戯っぽく誘う母の笑い声に松寿丸は辺りを少し見回してそして駆け寄った。
「おやおや、重くなりましたね」
「大きく成りました故!」
子供の成長とは早いものである。
愛しい我が子をその手が抱き締めた。
「愛しい子。そなたは私の宝。天上に在られる日輪の様に温かく、そして無くてはならぬ存在」
松寿丸を見つめる母の目はどこまでも温かい慈しみを持っていた。
太陽は空から人々を見守り、そして温もりを与える。
日の恵みに感謝する母に習うように松寿丸もまた日輪を拝んでいた。
「松寿丸」
「はい」
「愛しておりますよ」
「私もです。母上!」
大好きな母親に抱き締められ、松寿丸は笑顔を浮かべた。
優しい母親に、立派な父親。そして頼りになる兄。
安芸の国の国人領主としてある毛利家は他の勢力の影響を考えなければならない微妙な立ち位置にあったがそれでも治める土地は豊かで暮らしにも不自由はなかった。
父が治めるこの土地もゆくゆくは兄の物に。
兄は聡明で人望も厚い人であったから松寿丸は安心していた。
例えこの先何が起ころうが兄がきっとこの地や民を守ってくれるだろう。
そんな信頼からくる気持ちであった。
西日へと変わる日輪の光が少し目に痛い。
そろそろ去らなければならなくなった母と別れを告げ、松寿丸は傍らに広げっぱなしであった書に手をかけた。
その際に書に描かれていた自国の絵を指先で辿る。
安芸の国の領主の次男として生まれた松寿丸はとても幸せであった。

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