苛立ち

何故、あの時殺してしまわなかったのだろう。

誰もいない自室で元就は一人、茶を嗜んでいた。
元就は酒を好まない。
あれは人の心を緩ませ、粗悪にしてしまう。
他の者が嗜む程度は許せども、自らの近くで飲むことも元就は許さなかった。
匂いがするだけで気分が悪い。
想像だけで顔を顰め、元就はふと先刻のことを思い出す。
酒は無いのかとあの男が言ったらしい。
囚われの身である癖になんと図々しいことか。
捕虜であることと、何より元就の酒嫌いを知っていた家臣は当然のごとくそれを断った。
なんでも不満を垂れていたそうだがそんなこと元就の知ったことではない。
あの鬼は現状にも慣れて、ずいぶんと心に余裕が出来てしまっているようだ。
「どうしてくれようか……」
呟いたものの、その口ぶりは実に空虚だった。
なにせ元就は未だ鬼を殺せなかった理由を見いだせていなかったのである。
断じて同情などではない。
哀れみも慈悲もそこには無かった。
あれは言葉にするとするならばそう、苛立ちだ。
己の感情を自覚して元就はまた顔を顰めた。
刃を向けた時もそうであったが、あの鬼が体を差し出し、自ら切り捨てられたと理解した瞬間、なぜだか再び血が逆流する様な怒りを抱いた。
息も絶え絶えな相手を前にその怒りは苛立ちへと変わったがそれも今しがた自覚したことであった。
意識した途端、その不可解さは元就の頭を痛めつける。
葬り去りたいと願っていた相手の死をなぜ我は拒んだ……?
答えの見つからぬ問いに歯噛みする。
今からでも殺してしまえばわかるだろうか。
思考を止め、手にしていた茶が冷めきっていることに元就は気づいた。
さらに急須まで冷めていることに気づき、悩まされていた時間の長さを知る。
いよいよもって忌々しい。
早く始末をつけなければ。
それは元親自身のことなのか、はたまた元就の心の内のことであるのか。
両方であるには違いないのだがそのこともあまり考えてはいなかった。
ただなんとかしなければならないと心を急き立てる。
それは詭計智将と称される毛利元就にしてはおおよそ似つかわしくない姿であった。

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