燻るモノ

「……朝餉をお持ちしました」
深々と頭を下げる家臣には目もくれず、黙って差し出された食事を手に取った。
未だ腹の中と心中はおさまりが付かなかったが体力をつけて置かなければ後々困ることになる。
毛利の家臣のいる前で飯を食らうなど気分が悪いが一見恭しいこの男も敵将である元親を快く思っているはずはない。
つまりはお互い様である。相手が黙っているならば自身も黙していよう。
焼かれた魚の腹を箸で裂く。
幸いにも食事に毒などは無く(疑っているわけではないが無い話でも無い)、味的にもそこそこ美味かった。
慣れた故郷の飯の味に比べると些か薄味ではあるが。
元親がここに連れ帰られ、滞在してから一ヶ月が過ぎようとしていた。
実際には二十日ほど寝込んでいた話であるから元親の感覚では十日ほどだ。
だがそれでも長い。
仲の良い者の場所ならいざ知らず、ここは敵陣。
それも宿敵の巣だ。
国と民を質に取られているとはいえ、ままならない現状に元親はイラついていた。
麩の浮いた味噌汁を一気に胃へと流し込む。
箸を置いて元親は寝転がった。
捕虜のような扱いとは言え、最低限の自由はある。
逃げられないように質も取られているし、牢に入れられるような待遇も無かった。
けれどそれがいっそ不思議だった。
あの毛利が何の策も練っている様子も無く、自身をただ飼い殺ししている状況が。
もしかしたら腹の底で何かを企んでいるかもしれなかったが城の中の気配と人の動きを見る限り、そんな風には感じられなかった。
緻密な戦略とやらには疎いがこれでも勘の良さには自信がある。
周到な毛利のことだからまだ動いていないだけかもしれないが……。
やはり情報が少なすぎる。
横たわったまま元親は体を転がした。
その目に青空が映る。
障子の半分開いた部屋からは空が見えた。
天上に輝く日輪。
毛利が神の様に崇める太陽の姿に元親は顔を顰めた。
なるほど。直視することの出来ない痛々しさは少し奴に似ているのかもしれない。
ぼんやりと元親は思った。
だが太陽はあの氷の面の様に冷たくは無い。
そういえば……。
苦々しい戦闘の記憶がふと過る。
殺す気で毛利に刃を振い、ついには敵わぬことを知り、自身の不甲斐なさを呪いながら罪を贖おうと毛利の前に身を投げ出した時のことだ。
あの顔が驚愕に染まったのは。
他に抱える思いがあったから故にその時は大して気にも留めていなかったがそれでも切られた瞬間、その顔に現れた表情に意外さを感じていた。
あんな風に目を剥いた毛利の顔など今思えば笑えてくるほどの滑稽さだ。
自身の投げ掛ける言葉に激高する姿は幾度か見たがあのように呆気にとられた姿はそういえばあれが初めてであった。
無意識にも緩んだ口元が僅かながらに声を漏らす。
もしかするとそれが今のままならぬ現状に関係しているのだろうか。
だがこれも全ては憶測に過ぎない。
空が見えるのとは反対側の襖の外から足音が聞こえる。
部屋へと近づいてくるその気配に元親は口元を引き締め、起き上がった。
細む隻眼が襖を睨み上げる。
戸が開いて現れたのは毛利元就だった。
傍に家臣も連れている。
予想に違わぬ相手を見て元親は鼻で笑った。
「よお、久しぶりだなぁ」
元親が目覚め、再び気を失って以来の再会だった。
「元気そうだな」
「おかげ様でな」
掛け合う言葉もそれで終わり。ただ無言で睨み合う。
何を考えているのかその切れ端だけでも見ようとしたがやはり涼しげな顔は今もまたその感情を閉ざしている。
「なぁ、この間の問いに答えてくれよ」
「答えぬと言ったはずぞ」
「何も語らず俺を留めて置けるとでも?」
「貴様が逃げたら四国という国が無くなるだけのことよ」
「……」
あの時と全く変わらぬ応酬に元親は口を閉ざす。
だが流石にあの時の様に怒りに任せ、荒ぶるような真似はしない。
けれど探るようにただひたすらにその目を見た。
動かぬ瞳に色は無く、人形のようだなという考えが過る。

『貴様……我を、そのように言うか……ッ!!』

不意に戦場での言葉が蘇り、元親はハッとした。

『貴様が我を語るなど許さぬ!』

互いの刃を交える最中、自身が放った言葉に対して返ってきた毛利の言葉。
あれは人形であるものが放つ言葉であっただろうか。いや違う。
元親に対して向けられたあの時の感情は憎悪と言っていいほどの強い物だった。
「行くぞ」
家臣を従えて毛利は部屋を出る。
結局何をしに来たのかわからないが大方、自身の目で捕虜である元親の様子を確認しに来たのだろう。
再び会えば何かわかるかもしれないと思ったが結局は何もわからぬまま。
けれど見えない腹の底と胸の中に自分と同じ燻るものが毛利にもあるに違いない。
そう見定めた元親はしばらく毛利の去った襖を眺めていたが再び床へと体を投げ出した。
空はまだ青く、日も高い。
昼寝するのに丁度よい天候だ。
もはや開き直った元親は毛利の兵が見張る中、誘われる眠気に目を閉じた。

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