目覚め

『分っているさ……。俺が全て悪いってことぐらいな……』

目が覚めるとそこは明るい日の下であった。
燦々と降り注ぐ日の光が障子の開いた縁側から開いた瞳を焦がす。
元親の片目が眩しそうにその視界を細めた。
体は温かく、その身は柔らかな布団の上に寝ていた。
ここはどこだろうか?
自分は何故ここに横たわっているのだろうか?
すぐには思い出せず、それでもゆっくり噛み締めるように記憶を辿って行けばあの時の光景が脳裏に広がり、そして荒ぶる熱が蘇った。
「毛利元就……!!」
白い光の中で真っ赤な鮮血が散ったようだった。
白昼夢を見るように、だがはっきりとあの時のやり取りが思い出される。
自分は奴を信じ、奴に騙され、裏切られた。そして裏切った。大切な友を。
「家康っ……」
元親の口から振り絞るような声が吐き出された。
「……目覚めたか」
静寂の中に声が響いた。
目を覆っていた元親の手が落ち、その瞳が声の方向を向く。
「毛利……てめえ、よくも!」
憎き相手の顔を見て思わずその体に飛びつこうとする元親だが体が動かない。
「何か盛りやがったな!」
「そのようなことはしとらぬわ」
「じゃあ、なんで……」
「血の流し過ぎだ。そう荒れればまた気を失いかねぬぞ」
「お前が切った傷のせいだろう」
鋭い鬼の歯が自らの唇を噛む。
胸に手を触れれば巻かれた包帯の下で傷が疼いていた。
「……貴様が自ら食らった、な」
ゆっくりとそう言葉を紡いだ元就の目が元親を見据える。
「ああ。そうだな」
至極冷静に元親は言った。
自分はあの時、死を覚悟していた。それなのに……。
純粋な怒りに満ち、人の息根さえも止められそうな眼差しを元就は黙って見反す。
元親の唇からはじわりと血が滲んでいた。
切れた唇を噛み締める白い歯がわずかに赤く染まっている。
わなわなと震える唇はついに怒号を上げた。
「何故俺を生かした!俺は……俺は罰を受けなくちゃならねぇ!」
頭を振って元親は叫んだ。
だが荒ぶる元親に元就は冷ややかな声音を返す。
「それで?死んで詫びるつもりであったのか。浅はかなことよ」
「なんだと……?」
「死んで詫びるなど愚者の考えそうなことだ」
「うるせぇ!」
「それは貴様よ」
睨み合う両者の間に沈黙が生まれる。
しかしその重なる視線はまさに一触即発だ。
「……あんたは俺を殺したかったんじゃないのか」
元親が呟いた言葉に元就は答えを返さない。
ただその視線だけが交ざり合う。
「大谷も三成も騙して家康まで俺に……殺させて……何故一番の邪魔者であるはずの俺を殺さなかった?」
「……」
「なぁ教えろよ……!」
「答える義務はない」
正座していた元就の足が崩れ、その身が立ち上がる。
畳を踏む足が扉を目指していた。
「おい、待ちやがれ!」
元親が叫ぶが元就は意に介さない。
だが部屋を出る寸前にその足が止まり、無言の口が言葉を吐いた。
「……勝手に自害することは許さぬ。もし自害致せば残る貴様の大切な物……四国とその兵たちを今度こそ殲滅してくれよう」
元就の言葉に元親の瞳孔が開く。
「毛利、待て……待ちやがれえええ!」
叫ぶ声も虚しく元就は去って行った。
残された部屋の中で元親は蹲る。
一体何がどうなっているのか。
自分だけが生き残ってしまった後悔と生かされてしまった混乱。
そして突きつけられた生き続けなければならない事実。
傷は未だ疼き続け、混乱する頭はまともに働きもしない。
障子越しに見える兵の影と気配だけが自らが囚われの身であることを示し、決して自由な身ではないということを認識させ、どこかホッとした。
それでも吐き気がするような気持ちの悪さが腹の中で渦巻く。
何故毛利は自分を殺してしまわなかったのか。
死ねなかった自分はまずその理由を知るべきだろう。
だが、さっぱり理解出来ない。
疲れ果てた元親はそのまま元の様に布団へと崩れ落ちた。

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