鬼の生まれしわけ(1/4)

「あ、ごめんなさい……!」
目が覚めてすぐに聞こえたのはか細い小さな声だった。
「よかった……」
安堵の声を出すその顔は少し泣き出しそうに見えた。
白い手がぎゅっと自身の着物の裾を握り締めている。
着物には牡丹の花が描かれていた。
この娘は何者だ?
はじめに考えたのはそのことでそれから即、自身の置かれている状態を振り返った。
確か我は戦場に居たはずだ。
それなのに今は柔らかい布団の上にいる。
何故であろうか。
目が覚めた元就は考えを巡らせたがまだ混乱しているのかすぐには記憶が出て来ない。
それでも目を閉じ、ゆっくりと記憶を手繰って行けば血生臭い戦場の光景がその頭に蘇ってきた――。

毛利家当主についたばかりの元就の下にはまだ根強く残る反乱分子が戦を仕掛けて来ていた。
今回もまた然り。
しかもいくつかの領主が陰で徒党を組んでの戦だったので少々やっかいでもあった。
自らも出陣し、かたをつけるつもりでいた戦。
油断していたつもりはないが結果的にはそう取られても仕方ないだろう。
元就は戦場で倒れた。
だが敵に打ち取られたわけでも捕らわれたわけでもない。
敵には切り付けられたがその切り付けた相手は日輪の威光を持ち天誅した。
けれどその身に受けた傷は思いの外、深い物であった。
一旦自身は身を引こうと戦場を離れようとした時のこと、切り付けられた痛みで意識が疎かになっていたのだろう。
元就は崖から転げ落ちた。
幸い高さもさほどない、下は茂みであったけれども落ちた衝撃に傷の痛みも伴いその意識は奪われた。
崖から落下する下降感と衝撃が元就の頭に蘇る。
身に起きた出来事を振り返り、元就は飛び起きた。
横たわり、上に掛けられていた上掛けがずり落ちる。
「あ、まだ起きてはいけませぬ!」
娘が慌てて止めに入る。いや……これは男児であったか。
触れたことでその体が女子のように見えながら実は男の子であったことを知る。
線は細いが若干硬い体には胸というべき物が無かった。
「そなたは何者か」
元就が倒れた時、退陣の最中であったため周りには味方はおろか敵もいない状況であった。
それでもあそこは戦場である。
このような童子がいるはずもない。
訝しむ元就に男の子は戸惑いながら答えた。
「私のことはお気になさらなくてよいのです。それよりお体は大丈夫でござりますか?」
不安げな瞳が元就を見る。
「大事ない。いや少し痛むが耐えられるほどよ。この手当てはそなたがやったのか?」
「はい……拙くて申し訳ないのですが……」
消え入りそうな声が答えた。
「いや、我の見る限りそなたの治療は的確よ。この包帯もよく巻けておる」
傷を受けた腹を元就は撫ぜる。
しゃんと巻かれた包帯は実際丁寧に巻かれていた。
「まことでござりますか」
娘、否男児の顔が明るく晴れ渡る。
なるほど。
先ほどより俯いて陰った顔ではよくわからなかったが見目は良いようだ。
だが舶来の血でも混じっているのだろうか。
目が覚めてその姿を見たときも驚いたが髪が老人の様に白い。
その艶加減を見れば老人のものとはまた異なることはわかるが至極珍しいことだ。
何よりこちらを見るその両目に目が行く。
片目が青い。
普通の人のように左目は黒かったがその右目はとても不思議な色をしていた。
日輪のある天空よりも深みのある青色。
思わずじっとその瞳を見つめた。
「見てはなりませぬ!」
元就の視線を感じ、慌てたように童子は自身の目を塞いだ。
「なぜか」
両目を塞ぎ俯く童子に元就は問う。
「みっともない故……」
小さい声が答えた。
「それは面妖な答えよ。何がおかしいと申すのか」
「私は半妖の子なのです……」
童子の答えに元就の眉を顰める。
「それは如何なる意味か」
まさか本当に物の怪とは違うだろう。
「この目は人にあらざる鬼の目だと言われております……」
左目を塞ぐ手がより力を増していた。
答える声はより小さくなり、聞き取るのもやっとであった。
「馬鹿馬鹿しい。他者と異なることがそんなにも恥ずかしいか」
「……」
元就にしてみれば目の色が違うことなど気にも留めぬことであったが童子はそれきり黙ってしまった。
「……食事は枕元にあります故、今宵はまたお休みくださりませ。朝になりましたらまたお伺い致します」
ようやく口を開いたかと思うとそれだけ言って童子は足早に去っていった。
「転げても知らぬぞ」
大きな音を立てながら走り去る姿を心配し、ぽつりと呟く。
しばしその後を見送っていた元就であったが枕元に用意されていた食事を取ると後は言われた通り休むことにした。
既に暗いこの日に帰る訳にもいかない。
毛利の陣では元就の姿が無いことで動揺があるかもしれないがそれで退却するなどというみっともない真似はせぬであろうし、戦力的にも敵陣に劣る訳は無い。
だが朝には戻り、新たなる策を練った方が良いだろう。
眠る前、脳裏に浮かんだのは不安げに揺れる青い眼であった。

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