毎日想う君のこと

「ありがとうございますよい」
「こちらこそどういたしまして!またのお越しを!!」
律儀に両の手でケーキの箱を受け取るマルコを今日も満面の笑みで送り出す。
至福の時の訪れにサッチの胸は熱を上げていた。
店を出たマルコの姿がその視界から消え去るまでじっと見つめて見送ると改めてその脳内で幸せの時を思い浮かべる。
たちまちサッチの胸の中で花が咲き綻び、無音の声が叫んだ。
ケーキを眺めている時のあの嬉しそうな顔と言ったら……!
サッチの頭の中には先ほどのマルコの姿がくっきりと見えていた。
今日のマルコも本当にとても可愛かった。
どのくらい可愛かったかというとその微笑む姿をビデオカメラに収めて、その映像を永遠に繰り返して見ていたいくらいの可愛さだった。
ほぅっとサッチの口からため息が零れる。
小鳥のように愛らしい声も思い出される。
あの声で毎朝起こして貰えたら最高だろうに。
『おはよう』と声を掛けられたらその日は早朝から真夜中までだってきっと頑張れる。
寝る前に『おやすみなさい』とか言われたらきっと眠れないだろう。
ご飯を食べる時の『いただきます』を同時に言えたらそれはもうご飯が喉を通らなくなってしまうほどの幸せかもしれない。
マルコと共に居て、マルコの顔を見て、マルコの声を聞いて、マルコ色に染まった日常を過ごす妄想をサッチはこれまでずっとしてきた。
けれど中々、妄想から先に進むことの出来ないサッチは未だに『こんにちは』を言って貰える機会さえもたまにしかない。
もっとその可愛い姿を見て、可愛い声を聞きたいのに。
思うようにいかない現実にむくむくと湧き上がってくるサッチの不安と不満。
やはりあれを使うべきなのだろうか……。
サッチの頭にある物の姿が思い浮かぶ。
黒くて小型の特殊な録音機。だが見た目はコンセントと変わらない。
つまりそれは盗聴器であった。
「ん〜、でもやっぱりなぁ……」
勢いで買ってしまったのは良かったがサッチはそれを使うことが出来ないままにいた。
だがそれは決してそれを使ってしまうのが犯罪になるからというわけではない。

だって俺はそんな犯罪行為には使わないもの。

サッチには妙な確信があった。
世の変態どもは盗み聞きをした会話から変な事を行うつもりで盗聴器を付けるんだろう?
なら俺は違う!
俺はただマルコの話し声や息づかいから日々をどう過ごしているか純粋に知りたいだけだ。
そう例えば夜眠る時にその寝息を子守唄にしてぐっすりと眠ってみたいなぁとかそういう細やかなことしか考えていない。
風呂場やトイレに仕掛けるなんてもっての他である。

だってそれこそ恥ずかしいじゃないか!

サッチの顔が色濃く染まる。
熱した頬に手を当てて、想像はエスカレートしていくばかりだ。
マルコが身に纏った服を全部脱いで裸体になっている姿?
マルコがチャック開けてナニを引きずり出してる姿?
うわっ!なんだよそれ可愛すぎるし、エロいじゃないか!!
立っちゃう!
どことは言えないけれど完全に俺のあそこが華麗にスタンディングオベーションしてしまう!
今も若干立ち上がりそうになっていることに気づいて慌ててその場所を手で隠すも脳内の妄想はどんどん進んで行く。
お風呂やトイレは危険な聖域だ。
絶対に中までは触れられない。
ああ、でも排水溝に残った髪の毛くらいは持って帰ってもいいんじゃないだろうか。
ずっと我慢していたけれどそれくらいはもしかしたらいいのかもしれない。
残って捨てられてしまうものだもの。
いくつか流れた髪の内、何本かなら許される気がする。
きっと部屋に落ちているものよりもいい匂いがするはずだ。
マルコが使っているシャンプーの匂いがいっぱいしそうだ。
……今度、夜にこっそり行ってみようか。
いや、無理だ!
まだマルコがいる家の中に入るなんて早い!心の準備が出来ない!
マルコと二人きりの空間だなんてまだ早過ぎる!
心臓が持たない。
……やっぱりもう少し耐えていよう。
それでも眠るマルコの姿を想像するとその可愛さに思わずサッチの口からはため息が零れる。
盗聴器をこっそり仕掛けておいてマルコが完全に寝入ったのがわかるようになったらこっそり部屋に入って、寝ているマルコのところにこっそり行ってガバッとしたい。
ガバッ!と……こう……寝ているマルコにちゅ、ちゅうしてみたい!!
起こすのは可哀想だから気づかないほどそうっと唇に……いや、ダメだ。頬っぺたに……いや、ダメだダメだ。額に……ああ、ダメ!やっぱり恥ずかしい!
想像だけで一人悶えて顔を抑えて蹲るサッチを心配した他の従業員が駆け寄ろうとしたがブツブツと独り言を言いながらいまだに首を振り続ける姿に足を止める。
近づきがたい雰囲気がそこにあった。
近づかない方が良いというよりは近づきたくない何か。
これは放っておいた方がいいと目を逸らし、誤魔化す様に客の対応に当たる従業員の姿にサッチは気づかない。
それ以上に大切なことがまだまだ頭の中を締めていた。
せめて……せめて今夜はその姿が闇に消えてしまうまで傍で見守っていよう!
サッチは決心した。
それが7階もの高さのあるマルコの部屋をカーテン越しにマンション近くの電柱の陰から覗き見ると言う傍から見れば変質者以外のなんでもない行為だということには気づかない。
警察にでも見つかれば職質どころかお縄ものだがそこは生まれ持った運の良さである。
月と星の輝く晴天の夜にサッチは宣言通り、その愛しい姿が暗闇に消えるまでずっと窓を眺めながら傍にいるという幸せを噛み締めて夜を過ごしたのであった。

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