幸福弾ける月曜日

「ガトーショコラ一つくださいよい」
「ガトーショコラをお一つですね」
興奮が溢れそうな声を必死で押し殺して笑顔で落ち着いた声を出す。
やっとマルコが俺に会いに来てくれた……!
会いに来たと言ってもお店のケーキを買いにで、やっとと言ってもほんの三日ぶりのことだがサッチは感激していた。
毎日見てはいるけれどやっぱり今日もすごく可愛い。
サッチは頼まれたケーキを箱に詰めながらマルコの方をちらりと見てほぅっとため息を吐いた。
ここで一つ疑問が浮上する。
何故三日ぶりに来たはずのマルコに対してサッチが毎日という単語を思い浮かべるか。
けれどそれは別になんら不思議でもおかしくも無い。
何故ならサッチは確かに毎日マルコの姿を見ているから。
マルコから会いに来るのは三日ぶりでもサッチがマルコに会いに行くのは……否、サッチがマルコのその姿を覗き見するのは実に5時間と25分ぶりであった。(つまり今朝もマルコのアパートを覗きに行ったわけである)
「お待たせしました」
「ありがとうございますよい。それと、あの……」
いつもなら笑ってケーキを受け取るだけなのになんだか物言いたげにサッチのことを見るマルコ。
その顔はどこか照れているようにも見えてサッチはドキリとする。

え、まさか告白……!?

予期しない出来事にドキドキと音を増すサッチの心臓。
けれどマルコからのプロポーズならばいつだって了承する準備は出来ている。
毎日サッチのお味噌汁が食べたいと言うならば毎朝、毎昼、毎晩だって作ることも約束してやる。
ハネムーンに海外に行きたいと言われても困らないよう貯金だってしているのだ……!
さぁ、来い!
ケーキの箱を持つ手には緊張からか薄っすら手汗が滲んでいた。
柔らかそうで愛くるしいその唇が再び開くのを今か今かと待ち望む。
「あの……昨日はエースにケーキをおススメしてくれてありがとうございますよい!」
勢いの良い、礼儀正しいお辞儀と共にその言葉は吐き出された。
「……へ?」
「日曜日にそばかすの男の子がここに来ただろい……それがエースで、その、俺のためのケーキ買いに来た時、サッチさんがケーキおススメしてくれたって聞いたから……」
紅潮していたサッチの気持ちが一気に脱力する。
告白では無かったのか。
しかも他の男の名前を持ち出されて……あ、でも今俺の名前呼んでくれた!
サッチさんだなんて、マルコになら呼び捨てにされたいのに!
あ、でも付き合う前から呼び捨てだなんてちょっと図々しいだろうか。
それにいきなり呼び捨てにされても心がもたないかもしれない!それは危険だ。
「あの、サッチさん……?」
また呼んでくれた!
「はい、なんでしょう?」
急に俯いてブツブツと何か呟き始めたサッチにマルコは少し心配になったが声を掛けると笑顔が返ってきたのでホッとする。
「だから……ありがとうございますよい。イチゴのムース、とても美味しかったですよい」

天使……!!!

思わず発しそうになる奇声ともしかしたら噴き出してしまうかもしれない鼻血を防ぐべく、右手で顔を覆うサッチ。
ケーキの箱は左手でちゃんと支えているところがプロだ。
「サッチさん……?」
また呼んでくれた!
もう今日はなんてついている日なんだろう……!
サッチの心は再びウキウキと上昇していた。
「はい、なんでしょう……!」
勢いあるサッチの声にビクリとしたマルコだったが照れたように言葉を続けた。
「あのおススメしてくれたケーキ、実は俺の一番好きなケーキなんですよい。だから本当に嬉しくて」
「マルコさんの好みはわかりますよ」
「え?」
「だ、だって良く来てくれるじゃないですか!」
慌てて言いそうになっていた言葉を呑み込み、代わりの言葉を吐き出す。
マルコの一番好きなケーキなんて当たり前に知っている。
あんなに頻繁に“俺の”ケーキ(店長や他のスタッフもまぁそれなりに作ってはいるけれど)を買いに来てくれるマルコの好みを把握出来ないわけがない。
というか、一番どころか二番どころか三番どころかここにあるケーキのマルコが好きな順番なんて全部知っている。
ケーキだけじゃなくて市販のお菓子で好きな物も大好きなジュースの銘柄もよく食べるごはんのおかずだって知っている。
ここ一週間、いやそれ以前の朝ご飯、昼ご飯、晩ご飯のメニューだって言える!
なぜならマルコを愛している自分はマルコのどんな表情だって読み取ってやれるし、家の中だってどうなっているか把握済みだし、家計簿からその日買った商品のレシートまで全て把握しているからだ。
最近のマルコはチョコレートにはまっているらしくて蕩ける生チョコレートを頬張る様子を今朝も見たが本当に可愛かった。
俺もマルコの口の中で溶けるチョコレートになりたい。
思わずキュンとするサッチだけれどまさかこれを本人に言うわけにもいかない。
流石にそこまで盲目では無かった。
サッチは自分のことを危ない変態だと思ったことは無いが人には言わない方がいいくらいの変態であることは知っていた。
だがマルコに言わなかったのは自分が変態だとばれるのを怖がったわけではない。
ただ単純にマルコに自分の恋心を知られるのが恥ずかしかったのである。
サッチは照れ屋で純情な変態さんなのだ。
ちなみに他の人たちにこの恋心を打ち明けないのはまた別な理由もあった。
もしマルコへの想いが知られてしまったら絶対サッチはその魅力を語ってしまう。
それだと不味いのだ。
だってその話を聞いた相手がマルコに惚れてしまわないとも限らないのだから!
マルコの素敵なところを自慢し尽くしたいけれどライバルが増えてしまうのは困る。
奇跡的にマルコに惚れていそうな奴がいないのだから尚更……!
そう、マルコのその愛らしい姿を見守るのは自分だけでいい。
「ここのケーキはとっても美味しいから毎日でも食べたいくらいですよい。でも言ったことも無いのにわかるなんてサッチさんやっぱりすごいですよい」
天使再び…!
にっこり微笑むマルコの破壊力はサッチの呼吸さえ止めてしまいそうだ。
いや、本当に興奮しすぎて息の吸い方を忘れてしまう……!
本当に止まってしまわないように一度大きく深呼吸をするサッチ。
けれどその頭の中は未だに暴走していた。
言ったことも無いのに好みがわかるなんてすごい?
そんなのすごくもなんともない。
だって俺はマルコのことが大好きで愛しているんだから!
なんなら今日履いているパンツの色だってわかるんだから!
今日は青色!
ただの青色じゃなくてどちらかというと瑠璃色のちょっと濃い青色だ。
さらに言えば三日前は黒色にオレンジの縁のパンツで二日前は赤と黒の市松模様のパンツだ。
何故ここまで正確にわかるのかというとそれはマルコがとてもお利口さんできっちりした性格だからに他ならない。
マルコはその日履くパンツがタンスの引き出しの手前に来るよういつも順番に並べている。
それに昨日の洗濯で干されていたパンツは黄色のボーダー!
それはサッチの中に記憶されているパンツの順番と合致していてそれならば今日のマルコのパンツはもう青色しか有りえなかった。
いや、青色では無い瑠璃色だ!
どうせなら生で確認できないかなぁと唯一見えそうなチャックをじっと見るが開いる様子はない。
ちょっとがっかりだ。でも他の奴にマルコのパンツが見えても嫌だ!
だったら見えなくても我慢しなくては。
サッチは一人頷く。
ちなみにマルコはボクサー派だ。
股間をぴったり覆うあの形はきっちりしたマルコに相応しい。
きっとその貞操もそうしてきっちり守って来たに違いない。
まだ誰にも触れられていないマルコの場所!秘められたオアシス!
それに初めて触れるのは……ダメだ、これ以上は考えちゃいけない!
好きな相手のことを想像し、照れるサッチは純情とも言えなくないが言わずもがなその実態はただの変態である。
「サッチさん?」
「あ、いや、そんな……触らないですよ!?」
「え?」
「あ、いや、なんでも無いです……!」
思わず考えていたことがポロッと出てしまったことに慌てるがマルコは不思議そうに首を傾けただけだった。
ああ、なんでそんな姿も可愛いのだろう!
「ケーキ貰っていいですかよい?」
「は、へ?あ、ああ……どうぞ!」
未だにケーキの箱を渡していなかったことを思い出す。
渡す瞬間ちょっとだけ指先が触れて、サッチはこの日手を洗うことはなかった。

今日はもうなんて幸せな日なのだろう!

ときめきの花を咲き乱れさせながら今夜もまた会いに行こうとサッチは満面の笑みで店を出て行くマルコのことを見送った。

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