妖精さんのおススメケーキ

マルコには何か秘密がある。
それがどんな類の物で、マルコとどう関わっているかは全くわからないのだけれど、なにか重大な秘密がある。
でもそれを聞いてみたところでマルコはきっとはぐらかしてしまうだろう。
けれどきっとあの薔薇の花の贈り主もその秘密に関係しているに違いない。
これはただの俺の勘だけれど。



「えーっと……じゃあこれを一つ」
「はい。オレンジガトーショコラですね」
エースの言葉を受けて店員がまた一つケーキを取り上げて白い箱の中へと入れる。
大学近くにある美味しいと評判のケーキ屋へエースは買い物に来ていた。
ここにはマルコも頻繁に通っているらしい。
今日は朝から大学へと出て来てなにやらずっと作業をしているマルコへの差し入れも兼ねての買い物なのでどうせならば甘いものがいいだろうとエースはここへやって来た。
ちなみに今日は日曜日で大学の講義は無い。
エースも掛け持ちであるバスケットの部活動が無ければ大学へは来ていなかっただろう。
体育館へと向かう際、ふと見上げたサークル棟にマルコの影が見えなければ絵を描きに行こうと思うことも無かった。
部活は午前で終わりだったため急いで一旦アパートに帰り、着替えをして画材を手にまたアパートを出た。
マルコが帰ってしまうまでに行こうと急ぐつもりだったがメールを入れると今日はまだずっといるようなので少し考えを変えた。
マルコは食事に関して無頓着なところがあるし、聞かなかったがきっとお昼は何も食べていないに違いない。
エースもまだ昼飯は食べていなかったから何か買っていって一緒にお昼にしようと思った。
本来ならちゃんとしたごはんかパンがいいのだろう。
でもその時脳裏に浮かんだのはマルコからずっと美味しいと薦められていたケーキのお店だった。
朝から作業しているのなら疲れているだろうし、そんな時は甘いものをごはん代わりに食べたっていいだろう。
エースの通学路からは少し離れた場所にあるため中々行くきっかけが掴めなかったが今日は時間があるのだし、ちょっと行ってみようか。
そんな思いから訪れた初めての店。
正直評判が良いとは言え、期待外れなことが無いとも言えないと思っていた。
けれど豊富な種類のケーキと店の雰囲気にここが人気のあるお店であることはすぐに納得出来た。
今選んだケーキも実に美味しそうだ。
「ご注文は以上でよろしいですか?」
「あ、いや、まだちょっと……」
店員の問いかけにストップの声を掛けて、思案する。
どうせならマルコが喜ぶケーキを選びたかったがどれがマルコの好みかまでエースにはわからない。
加えてここのケーキは種類が豊富だ。
見れば見るほどどれも美味しそうに見えて、自分自身がどれを食べたいかと迷ってしまう。
「なぁ。お兄さん、もしかして美術部?」
「えっ!なんでわかって……」
掛けられた言葉に驚いてケーキばかりを見つめていた顔を店員へと向けた。
「それ絵具でしょう?」
ここにある可愛らしいケーキを扱うには少々華の無い(だがどこか愛嬌はある)、髭付きで傷持ちの男は笑ってエースの腰の辺りを指差した。
そこにあるのは腕に下げていた絵具のケースだ。
「ああ……」
案外簡単な理由だったことに拍子抜けする。
「もしかして大学生?ここによく来る奴にも絵描きがいてさ、近くの大学に通っているらしいんだ」
「それってマルコのこと?」
「そう、その人だ」
店員は頷いて笑った。
エースの答えに思い出したように笑う店員の顔にどこか違和感を覚えたのは気のせいだろうか?
気のせいに違いない。
「知り合いだったりするのかな?」
「あ、はい。先輩です。俺の一個上の。サークルが同じで一緒に絵を描いたりしてます」
「へぇ、そうなんだ。上手いの?」
「それなりに褒めては貰えて……あ、でもマルコ!……さんの方がずっと上手いかな」
初対面の人間に人の名を言うとき呼び捨ては不味いかと思い、慌てて言い直す(さっき一度呼び捨てにしてしまったことは忘れている)。
エースの言葉に店員はただ、ふぅんと一言言って頷いた。
「これはもしかしてその人への差し入れだったりする?」
「ええ。なんか朝から頑張ってるみたいだし、何か甘いものがいいかなって……」
「この店で選んでくれるなんて嬉しいな」
「ここ、美味しいって評判だし。それにマルコさんもここのケーキ好きらしいし……俺も一度来てたかったんです」
「そりゃあ、光栄だ。ゆっくり選んでくれて構わないですよ」
「あー……でもどうしよう。どれも美味しそうで……」
どうにもこのままじゃ決められそうになかった。
「あ、おススメとかあります?」
「じゃあ、これなんてどうかな」
そう言って差し出されたのはピンク色をした丸いケーキで、上にはイチゴがドーム型に重ねて盛られていた。
「フレーズ・ムースだよ」
「フレーズ?」
「“イチゴ”って意味さ」
ピンク色のムースの中には赤いイチゴのジュレが入っていて綺麗なマーブル模様を作っており、上のイチゴにもうっすらとジャムが塗られていた。
ピンクで真っ赤なイチゴ一色の可愛らしいケーキは正直エースの好みでは無かったけれどそういえばマルコはイチゴが好きだった。
以前、実家から大量に送られてきて迷惑していたイチゴもあれだけたくさんやったと言うのにジャムまで手作りして全部食べ切ってくれた。
マルコがジャムなんて作れたのはとても意外だったけれど。
でもこれなら喜んでもらえるかも知れない。
「じゃあ、これを二つ」
「はい、二つですね。他のは一個ずつのようですが?」
「俺も食べてみたいから」
「わかりました。以上でよろしいですか?」
「はい。お願いします」
エースの好みでは無いけれど、折角のおススメのケーキなのだから同じケーキをエースもマルコと一緒に食べて見たかった。
「お待たせしました」
「ありがとうございます」
「こちらこそお買い上げどうもありがとうございました」
ケーキの箱を受け取って礼を述べる。
帰り際、店の奥の窓辺を見ると外にはテーブルと椅子が並んでいて数名お茶をしている人がいるのを見かけた。
ここは食事も出来るらしい。
ケーキが美味しかったら今度マルコと来てみようか。
そんな考えを浮かばせながら買ったケーキが崩れてしまわない様に、けれど早足でエースは大学のサークル棟を目指した。

部室の扉を開けると目の前に映るのは彩られたキャンパスにまっすぐ真剣に向かい続ける人の姿。
「お疲れ様、マルコ」
「……あ、エース。お疲れ様よい」
声を掛けてもしばらく絵に向かい続けていたマルコがようやくその顔を上げる。
描かれていたのは赤いイチゴ畑の風景。
いつの間に付いたのかその顔や袖口は絵具で汚れていた。
どうやったらそうなるのかわからないがまぁある意味マルコらしいと言えるだろう。
マルコは夢中になると描いている絵以外のことは見えなくなる傾向がある。
本人も予想して着替えは持って来ているだろう。
「はい、これ差し入れ」
「ありがとう。嬉しいよい」
「まず手を拭いて」
「あ、ありがとよい」
差し出した濡れたハンカチで手を拭うマルコ。
その横で買ってきたケーキを取り出す。
色とりどりのケーキを見た途端、マルコの目がわかりやすいほどに輝く。
「美味しそうだよい……!」
「前に薦めてくれただろ?あそこのケーキ屋に行ってきたんだ」
「見ればわかるよい」
目を輝かせたマルコはごくりと唾を飲み込む。
「じゃあ、食べようか」
「よい!」
大きく元気のいい返事と共に満面の笑みでフォークが握られた。



ケーキを頬張るマルコは本当に嬉しそうで幸せそうで見ているこっちもなんだか思わず微笑んでしまう。
今日のケーキでマルコが特に喜んだのはあのお店の店員が選んでくれたものだった。
ピンク色の可愛い“フレーズ・ムース”。
エースも口にしたそれは思ったよりかは自然な甘みで、ちょっと酸っぱめとも言えるイチゴは甘いジャムによく合っていた。
濃厚なイチゴの香りが噛む度に鼻孔をすり抜けて、甘いムースが舌を蕩かす。
美味しい美味しいと口にしながらそのケーキを頬張り続けるマルコの気持ちもわかった。
マルコはこのケーキがあのお店の中で一番好きらしい。
マルコがここまで喜んでくれるなんてよかったなと思った。
けれど同時にあの店員はマルコがこんな風に喜ぶことを知っていたのだろうかと考える。
もしかして常連だから知っていたのだろうか。
気さくそうなあの店員はマルコのことをよく知っているらしかった。
マルコに聞けばマルコも相手のことは知っていて、良い店員さんなのだと笑っていた。
おススメ以外のケーキももちろん美味しかった。
やはり一度あのお店に食事しに行こうか。
舌に残る甘いケーキの味を思い出しながらエースは傍に在ったお茶を飲み干した。

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