赤くて綺麗ないちごジャム

「また失敗だよい……」
鍋の中で燻る真っ赤な液体を見てマルコはため息をついた。


5月下旬。いちご狩りの季節が終わりに近づくころ、真っ赤に熟れたいちごをたくさん貰った。
実家が農家だと言うエースがお裾分けとしてくれたのだ。
両手に抱えるほどの段ボールの中に入った赤くて可愛いいちごたち。
見た瞬間にマルコの顔は綻んだ。
エースにお礼を言い、持ち帰った夕方には早速その実を口にした。
甘酸っぱく爽やかないちごの味。
気が付けば夢中で食べていて、夕食はいちごだけで終わってしまった。
それでも段ボールの中にはまだいっぱいのいちごがある。
エースには誰かにわけてくれてもいいからと言われていたがマルコは出来れば全部自分の物にしたかった。
何故ならいちごが大好きだから。
毎食いちごだなんて、なんて素敵だろうかとマルコはわくわくした。
冷蔵庫の中を整理して箱ごとは詰め込めないから小分けにして冷蔵庫に仕舞い込む。
甘く香るいちごの匂いを胸いっぱいに吸い込んでからそっと冷蔵庫の扉を閉めた。
だけどすぐに思い直してもう一度冷蔵庫を開ける。
いちごを入れたタッパーから一粒だけ、いや、二粒だけを取り出してまた冷蔵庫を閉める。
折角の美味しいいちご。
妖精の彼らにも分けて上げるのだ。
透明のガラス皿にまたミルクを注いで、もう一枚の皿に取り出した真っ赤ないちご二粒とビスケットを一枚。
雨模様のこんな日でも妖精は飛んでこられるだろうか?
でも疲れて入ってきたのならきっとこの甘酸っぱいいちごは気に入ってくれるだろう。
いつものようにお皿を窓辺に置いて、マルコは静かに眠りについた。



午前の講義が終わり、楽しみのお昼の時間。
同じ講義を取っていた友達であるイゾウとハルタとジョズも交えて学食で食事をする。
みんながそれぞれ好きな物を取って戻ってくる中、マルコは家から持ってきたお弁当箱を出す。
二段積みの薄いブルーのお弁当箱ともう一つデザート用らしきピンク色のタッパー。
「……おい、マルコ。お前まさかそれが昼飯とか言うんじゃねぇだろうな?」
不審そうにイゾウが尋ねる。マルコの幼馴染でもあるこの男は常々マルコを心配していた。
マルコが人一倍間の抜けた奴であること知っているからだ。
「そうだよい?」
そんな心配をよそにマルコは平然と答えた。イゾウの口から深いため息が漏れる。
「お前正気か!?そんなんで腹持つのかよ!」
平然と答えるマルコにハルタも驚きの声を上げた。
呆れる二人を前にマルコは何が何だかわからない。
「なぁ、マルコ。それだけじゃ栄養が偏るぞ」
「でも美味しいんだよい。真っ赤で綺麗だろい、エースから貰ったんだよい」
ジョズの言葉に顔を輝かせながらお弁当箱を良く見える様にみんなの方へと傾けるマルコ。
一同ため息である。
「みんなどうしたんだよい?」
ただ一人状況がわからないマルコ。
その手の中にあるお弁当箱の中身はもちろん昨日エースから貰ったいちごだ。
二段積みのお弁当箱いっぱいに入っているのはいちごだけ。
そしてもう一つ持ってきたタッパーの中に入っているのもいちごだ。
さらに言えばマルコの今日の朝ご飯もいちごだった。
「ふざけんなよ、マルコ。ちゃんと飯を食え」
苛立ちながらイゾウが言う。
「これが俺のごはんだよい?」
「それはデザートであって飯じゃねぇ!」
何も理解していないマルコにイゾウはさらにもう一度ため息を吐いた。
「でも俺いちごがあればそれでいいよい……」
「お前が良くてもお前の体が駄目なんだ。ただでさえ小食のくせしていちごだけしか食わねぇとかお前馬鹿だろ。大馬鹿だな」
次々に出てくるイゾウからの説教を受けてマルコはしゅんとなる。
マルコにはどうしていちごだけじゃ駄目なのかまだ納得いっていなかったがイゾウが理不尽に自分を叱っているのではないということは理解していたので黙ってその言葉を聞いていた。
「まぁまぁ、イゾウ。マルコも反省してそうだし、説教はこのくらいにして飯を食べないか?ほら、マルコ、俺の味噌汁やるからいちごだけじゃなくてせめてこれも腹に入れろ」
「ちっ……おら、マルコ。それくらいは食えるよな?ジョズに感謝しろよ」
「よい……ありがとうよい、ジョズ」
「よく噛んで食べるんだぞ」
二人の言葉に頷き、大人しく味噌汁に口をつけたマルコを見て一同も食事を取り始める。
マルコのお弁当のことで一悶着はあったが次第に話題は講義の内容や教師の事、それぞれのバイトの話しなどに移り変わり、穏やかに食事は続いた。
ジョズから貰った味噌汁を食べ終わり、マルコは嬉しそうにいちごを頬張る。
「ねぇ、俺にもちょうだい」
「いいよい」
そう言ってハルタにお弁当箱を差し出す。
「うん、甘くて美味しい」
「だろい?本当に美味しいんだよい」
そう言ってまたいちごを頬張るマルコ。
味噌汁の時よりも勢いよくパクパクとその実を口にするマルコにジョズが感心しながら言った。
「でもお弁当に詰められるだけのいちごなんてすごいな」
「まだまだいっぱいあるんだよい」
にこにこと答えるマルコにイゾウが眉を顰める。
「おい、マルコ。お前まさかずっといちごだけ食ってようとか思っていたわけじゃないよな?」
「うっく……!」
イゾウの言葉に思わず喉を詰まらせるマルコ。
けほけほと咽た喉を叩いて慌てて弁明する。
「そ、そんなこと無……ううん、実はちょっとだけ思っていましたよい」
イゾウに睨まれあっさりと白状するマルコ。
またお説教かとビクビクするマルコの様子を見てイゾウはまたため息を吐くも、お説教の言葉は無かった。
「いいか、いちごを食うなとは言わねぇ。でも飯は別にちゃんと食え」
「よい……」
「栄養偏って体調崩しても誰も面倒見てやらねぇぞ」
イゾウの言葉にこくりと頷きながらも心の端であのブラウニーがこっそり面倒見に出て来てくれやしないかなぁとも思う。
「そうだな、何にしても食事はきちんと取るべきだと俺も思うぞ」
「わかったよい」
心配そうに言われてしまったらマルコもそれ以上は何も言い返せない。
「そう言えばそのいちごは後どのくらいあるんだ?いっぱいってどのくらいだ?」
「こんのくらいだよい」
両手で大きな丸を描いて残りのいちごの量を表して見せる。
「おいおい、どんだけ食う気なんだよ、お前……」
「俺らが食ってやろうか?」
「うっ……いや、俺がみんな食べたいんだよい……」
欲張りだろうかと今更思い直すマルコだがマルコのいちご好きはみんなも知るところだ。
呆れながらもお前の物を取りやしないと返す。
「そうか。それは嬉しいなぁ。でもいちごは早く食べてしまわないと駄目になってしまうぞ?」
「え、そうなのかい?」
「確か賞味期限が3〜4日じゃなかったか?」
「そ、それじゃあもう食べちゃわないといけないよい!」
ジョズやイゾウの言葉を聞いて慌てだすマルコ。
大好きないちごを腐らせるなんてそんなこと絶対したくない。
でもいちごはいっぱい食べたい。
うんうん唸るマルコを見兼ねてジョズが声を掛けた。
「すぐに食べられそうにないならジャムにでもしたらどうだ?」
「ジャム!」
マルコの目がきらきらと輝く。
「でもマルコに作れるかな?」
「俺頑張るよい!」
ハルタが心配そうに言ったがジョズの提案にマルコはやる気満々である。
残るいちごも全部平らげて今日は図書館でいちごジャムのレシピの載った本を借りようとうきうきしながら午後の講義を受けた。



ジョズの言葉を受け、サークルも早々に切り上げてマルコは家の台所に立つ。
借りてきたレシピ本をめくり、いちごジャムのページを開く。
ふんわりした白いパンにとろりとかかった真っ赤ないちごジャムの写真。
作り方は難しそうにも見えないし、自分でも美味しく出来そうだと鼻歌を歌いながらマルコは冷蔵庫からたくさんのいちごを取り出した。
楽しいクッキングの始まりである。


楽しいと感じていた気持ちも今は萎んでその目は哀しそうに燻ったいちごの鍋を見つめる。
マルコの作ったいちごジャムは失敗だった。
レシピに載るいちごジャムの作り方は簡単だった。
粉雪の様にいちごに真っ白なお砂糖を塗して、酸っぱいレモン汁も入れて数時間、赤くて綺麗な水がいちごから出たら中火にかけて沸騰したら弱火に、お鍋をじっと見つめて灰汁を掬って煮詰めていくだけ。
けれど失敗。
原因は火力が強すぎて鍋の底が焦げてしまったことと中身を掻き混ぜ過ぎたことだった。
赤いと言うよりは褐色がかった鍋を見つめてマルコはしょんぼりと肩を落とす。
これで二度目の失敗だった。
たくさんあったいちごももう減っていてこれではそのまま全部食べてしまった方がよかったなぁと後悔し始める。
一度にいっぱい作ろうとしたのも失敗だった。
部屋いっぱいに甘く立ち込めるいちごの香りが余計に寂しさを煽った。
「……もう諦めようかねい」
焦げたお鍋をそのままにマルコは木べらを置いた。
冷蔵庫の中にはいちご以外の食材はほとんど入ってはいなかった。
もう夜遅くなっていたけれどご飯をきちんと食べるとイゾウたちに約束してしまっていたから今夜はもう外で食べようとマルコは簡単に身支度を済ませる。
焦げたお鍋は明日にでも洗えばいい。
そう決めていちごの甘く香る部屋から出てマルコは食事へと出掛けた。

不思議な事が起こるのはこの後。
まだいちごの甘さを残す部屋にため息を零すマルコが見つけるのは綺麗に片付けられた焦げいていたはずのお鍋と机の上に並ぶ赤くキラキラしたいちごジャムの瓶5つ。

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