クジラと共に会いに行く

甘くて丸い、鮮やかな色の玉。
それはひとつ、ひとつ、マルコの中へと溶けて行った。
綺麗な飴玉を食べるたびにお腹の中からふわっと軽くなる気がした。
飴玉をもらってから一週間。そしてブラウニーとさよならしてからは二週間の時が経っていた。
いまだ寂しい気持ちを抱えながらもマルコはなんとかやっていた。
ブラウニーがいなくなってからどれほど経ったのか涙ながらに数えた一週間。
いまでは飴玉を一つずつ食べて数えていた。
もらった飴玉は十粒。
はじめの日に二粒食べてしまったから残りは二粒だ。
今日の飴玉は明るいオレンジ色の蜜柑味。
飴玉を口の中でコロコロと転がしながら、マルコは今日も妖精のためにごはんを用意していた。
ほんのり塩味のビスケットに、新しいミルク。
妖精のためにそそぐミルクの皿は二つに増えていた。
ひとつは今までのようにここに訪れる全ての妖精のために。
そして、新たに増えたもう一つはあのブラウニーのためだった。
また戻って来てもいいんだよとそっと示すために。
ブラウニーがいなくなった現実を受け入れながらもマルコはまだ期待していた。
期待せずにはいられないのだ。
口の中の飴玉が溶けて欠片になる。
今日は新しい飴玉を買いに行こうか。
どうせなら今度はいつも行っているあの店で買おう。

彼にも会いたい。

サッチが飴玉をくれた時のことをマルコは思い出していた。
泣いていた自分を慰めて、飴玉をくれた彼はなんて良い人なのだろう。
ハンカチのお礼にはひよこのサブレを持って行った。
お菓子屋さんにお菓子を贈るのもどうだろうかとは思ったが、たまごとひよこのハンカチを見ていてそれしか思いつかなかったのだ。
それでも昨日のお礼だと言い、翌日ハンカチと共にお菓子を手渡すと相手はものすごく喜んでくれた。
にこにこしながらマルコのあげたお菓子の箱を何度も何度も撫でるくらいに。
顔を合わせるといつも笑顔で話しかけてくれて、常連だからか時におまけもしてくれる。
サッチの好意がマルコはとても嬉しかった。
ハンカチをきっかけに前より交わす言葉も増えた。
何気ないことも、愚痴っぽいことも、マルコの話すことをサッチは何でも親身に聞いてくれる。
でもそれはマルコがお店のお客さんだからかもしれない。
けれどほんの少し、気のせいかもしれないけれど、サッチは他のどのお客さんよりもマルコとたくさん話をしているように思えた。
けどそれだって、マルコの方がしゃべりすぎているせいかもしれない。
実際サッチはマルコとの会話中、突然黙ったり、口籠ったりする時がある。
そして心配をしても笑って済まされてしまうのだ。
もしかしてサッチは嫌だったりするのだろうか?
でも嫌がっているようにも見えない。
珍しく考えこんだマルコだがきっと大丈夫だろうと結論付けた。
だってサッチはいつも笑っているもの。

飴玉のほかに今日は何を買おうか。
しっとり滑らかなレアチーズケーキにしようか。
皮はサックリ、カスタードクリームたっぷりのシュークリームも捨てがたい。
ちょっぴり酸味のある果肉とサクサクの生地が抜群のアップルパイも魅力的だ。
きっとお店についたらもっと迷ってしまうのだろう。
わくわくした気持ちを抑えきれずに駆け足で家を出る。
しかし急ぎ過ぎたのか財布を忘れていたことに気がつく。
家に戻る時間がとてももどかしかった。
前にも増してお菓子を買いに行くのが楽しくなったマルコの足取りは軽い。
歩くのが遅いとたびたびマルコを叱っているイゾウが見たら驚くに違いない。
そうだ、どうせなら今日はお店でケーキを食べよう。
良いことを思いついたと言わんばかりにマルコは両手を打った。
上手くいけばもっとサッチとお話しできるかもしれない。
お店で食べるとなると飲み物も頼まなければ。
思いついた名案に嬉々として考え込む。
オレンジジュースかクリームソーダか、それともココアか。
空を眺めてあの雲はクジラに似ているなぁと思いつつ、マルコは考えを巡らせる。
そうだ!カフェ・ラッテ!
またも良いことを思いついたというようにマルコは両手を打った。
前も頼んだことのあるカフェ・ラッテはミルクがたっぷりで蜂蜜も入っていて、とても美味しかった。
幸せな思い出にマルコの足取りはさらに軽くなり、表情も輝く。
サッチが見たら天使の降臨だ!と興奮して鼻血を出しかねない姿だが幸いその当人はマルコの訪れを待ちわびながら仕事に励んでいる。
「早く会いたいねい」
サッチが聞いたら喜びのあまり卒倒しかねない言葉をさらりと述べて、その足は一直線に目的地を目指す。
歩くだけでも気持ちがよい穏やかな日。
空に吹く風が雲を動かし、楽しげなマルコの後をお空のクジラが追うように流れていた。

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