涙ぱらぱら飴模様

誰もいない部屋の中を何度も何度も探し回る。
いるはずもないあの子の影を探して。
何度傷ついても止められない。
どうしたら忘れられるのだろう。

真っ赤な紅葉も真っ黄色な銀杏の葉も地面に落ちて、代わりに口から真っ白な息が出てくる季節になった。
雪にはまだ遠いのか晴れ晴れとした青い空の色だけは色鮮やかだった。
「寂しいねい」
公園のベンチに腰かけたマルコはぽつりと呟いた。
けれどこの景色のことじゃない。
マルコはあのブラウニーの事を考えていた。
ブラウニーがマルコの元から姿を消して、すでに二ヶ月もの月日が過ぎようとしている。
シャツ一枚じゃとてもじゃないがこれから訪れる冬の寒さには勝てない。
とびきり寒さに弱いマルコはまだ冬本番でも無いのに厚手のコートを着ていて、その中には同じく厚手のセーターともう一枚長袖のフリースを着ていた。
おまけに言うとお腹には上等なシルクの腹巻をつけていて、お尻には毛糸のパンツも履いていた。
冷えるとお腹を壊してしまうからだ。
首にもマフラーをちゃんと巻いていたが結び方がよくわからないのでただぐるぐると巻いている。
それでも寒い。
マルコはぎゅっと身を縮めた。
感じる寒さは体感的なものではなく、きっと心理的なものだろう。
マルコの日常で当たり前と化していたブラウニーが消えてしまったこと。
それがマルコの心に隙間を作り、冷たい風が吹き込んでいる。
「どうして……」
原因はマルコがシャツを隠し忘れてしまったからに他ならない。
わかってはいても何か言わずにはいられなかった。
「ううっ……」
体に当たる風は冷たいはずなのに胸がぎゅっと詰まる思いがしたかと思うと目頭がじんわりと熱くなった。
そしてぽろりぽろりと滴が落ちる。
温かい水の感触と濡れた頬の冷たさ。
地面に敷き詰められたレンガ模様のタイルにぽつぽつと染みが出来ていく。
まるで大きな飴玉が散らばったみたいに地面が丸く塗られていた。
止めようにも止まらない。
コートの袖で涙を拭っても痛いだけで涙は零れるばかりだ。
マルコはずっと泣くのを我慢していた。
どんなにマルコが辛くても、哀しくても、服を渡してしまったのが手違いだったとしても、結局服を手に入れるということはブラウニーの望みであったはずだからだ。
ブラウニーが喜んでいるのならばマルコも喜ぶべきなのだ。
マルコはきゅっと唇を噛み締めた。
どうしても涙は止まってくれない。
気分を変えようと外に出て来たものの、こんな風に泣いてしまうのだったら寒い外にいても意味が無い。
赤くなった顔に涙をためたまま、マルコは帰ろうとベンチから腰をあげた。
「マルコさん!?」
突然の大声にビクリと肩を震わせたマルコは聞き覚えのある声に顔を向けた。
「え、あ、なんで!?あ、どうして泣いてるんですか?」
そこには心底びっくりした顔をした大好きなケーキ屋さんの店員がいた。
「サッチさん……これは、えと……なんでもないですよい!ただ、ちょっと目にゴミが……」
「ゴミぐらいでそこまで泣かないでしょう!」
慌ててマルコが顔を背け、腕で顔を覆うもサッチの手が驚くほどの早さでその腕を引き剥がす。
マルコの目元は真っ赤に腫れていて、白目も真っ赤になっていた。
「よ、よい?」
みっともない顔を見られた気まずさにどうにかして視線を外そうとしたマルコだがその前にサッチの顔は見えなくなった。
それなのに距離が近い。近いと言うより距離が無かった。
サッチの両腕に抱き締められるかっこうでマルコは泣くのも忘れて呆然と立っていた。
「く、苦しいよい……」
どのくらいそうしていただろうか。
あまりの腕の強さと長い時間にマルコが言葉を吐いた。
「ご、ごめんなさい!」
声が届いたのかサッチがマルコを手放す。
だが勢いがつき過ぎた。
今度は背中から倒れそうになったマルコをサッチが慌てて引き上げるかっこうになってしまった。
「本当にごめんなさい!」
90度どころか180度にもなりそうな頭の下げ方にマルコはまた呆気に取られてしまった。
いつも髪一筋崩さないリーゼントがほんの少しだけれど崩れている。
サッチの突然の行動にマルコはとても驚いたがでもそれだけだった。
マルコは気にしていないのに必死になって謝るサッチの姿がなぜだかおかしく思えた。
マルコの口元がふっと緩む。
「いいですよい。もう気にしなくても」
優しく答えると自分の足元ばかり見ていたサッチの顔がようやくマルコへと向き直る。
本当かと丸く開いた目がまた笑いを誘った。
泣きたくなるほどの寂しさがいつの間にか和らいでいた。
「あの、でも、どうして……あ、いや、なんでも、なんでもないです!」
マルコが泣いていた理由を聞きたいのだろう。
けれど思い直してサッチは言葉を飲みこんだ。
代わりに自分の鞄の中を探りだし、そこから一枚の黄色のハンカチを手渡した。
ダブルガーゼの柔らかい生地で表には可愛らしいたまごとひよこのキャラクターが描かれている。
「よかったら使って下さい」
「ありがとうございますよい」
冷たい風にさらされて、涙はもうほとんど乾いてしまっていたがマルコは素直にそれを受け取った。
そしてわずかに残った水滴を拭う。
「洗って返しますねい」
「え、いや、そんな……あ、やっぱりお願いします」
サッチのハンカチを丁寧に畳んでマルコはそれをコートのポケットに収めた。
これからどうしようか。
おそらく二人ともそんなことを考えていた。
寒い公園の片隅で立ったまま、二人してただ向かい合っている。
だがその視線は両者とも泳いでいて合うことはない。
「あの……」
先に口を開いたのはマルコの方だった。
「そろそろ帰りますねい」
「あ、ああ、はい。……じゃあ、俺も」
このままではずっとお互いに立ち尽くしたままでいそうだった。
その感覚通り、動かした足の動きが何だかぎごちなく感じる。
寒さのせいもあるだろう。
温かい部屋が恋しくなってきた。
相手も帰ると言うので会釈してマルコはすぐに立ち去ろうとする。
けれどその袖口が引っ張られた。
「あの、よかったらこれどうぞ」
差し出されたのは小さな白いビニール袋だった。中に何か入っている。
「お店のやつじゃないけどよければ食べてください」
その言葉に袋の中身は何かの食べ物だということを知る。
「いや、でも……」
「甘いものって心が安らぐと思うから。それじゃ!」
そういうとサッチは走り出した。マルコが止める間もない。
中身が食べ物で甘い物だとわかったがマルコはそれをその場で開けたりはしなかった。
袋の持ち手をぎゅっと握り、自分もまたアパートを目指す。
家に帰るとすぐさまつける暖房もそっちのけでマルコはソファーに座るとやっと袋の中を覗き込んだ。
そこにはさらに透明な袋が。
そっと取り上げてみるとその袋の中身もよくわかった。
丸くて大きな飴玉だ。ビー玉よりもずっと大きい。
黄色に桃色、紫、白、緑、赤、縞模様、マーブルと様々な色のある飴玉はカラフルで綺麗だ。
袋の頭をはさみで切り取ってそれを手の平へと傾ける。
幾粒もの飴玉がコロコロとマルコの手の平に転がり落ちた。
まじまじとその飴玉を見つめて、それからマルコはまたそれらを袋の中へと戻した。
その手の中に一粒だけ飴玉が残る。
サッチに借りたハンカチと同じ色をした黄色の飴玉だった。
指でつまんでそれを口の中へと入れる。
甘酸っぱいレモンの風味が広がった。
大きな飴玉が口の中でじわじわと溶けていく。
とても美味しかった。
何しろブラウニーが消えてからというもの、マルコは上手く食べ物を味わえていなかった。
久しぶりに食べ物を美味しいと感じた。
「お礼しないとねい」
貰った飴玉の残りをかつて妖精がくれたジャムの空き瓶に移し替える。
色の綺麗な飴玉は見ているだけで気持ちが明るくなるようだ。
瓶の蓋を閉めたマルコはそれを大事そうに引き出しの中へとしまった。
そして借りたハンカチをコートから取り出して手洗い場へと持っていく。
涙を拭いただけなのでたまごとひよこのハンカチは見た目には全く汚れているようには見えなかった。
それでもマルコは洗面台にお湯をためるとほんの少しの洗剤を混ぜて優しく手で洗い、夜になってハンカチが乾くと丁寧に手で伸ばして整えた。
アイロンなんてものはマルコの家に無かったし、あっても上手くは使えそうにないからだ。
綺麗に畳んだハンカチを汚さないためか自分のハンカチでくるんだマルコは忘れないようにと窓辺にある妖精に捧げる食べ物の器の横にそれを置いた。
毎日見る場所なのでここならば忘れないだろう。
一応の期待を込めてマルコは夜空を見上げたが今夜も流れ星は現れなかった。
温かいベッドにもぐり込む前にマルコはもう一度引き出しを開け、飴玉の入った瓶を取り出す。
コロコロとした飴玉は天体にも似ていた。
水平のマーブル模様をした飴玉なんて木星にとても良く似ている。
マルコの指が瓶の中へと忍び寄る。
取り出したのは木星の飴玉では無くて、いちごのように真っ赤な飴玉だった。
マルコの口がパクンとそれを呑みこむ。
レモンよりもずっと甘い、いちご味の飴玉。
寝る前にお菓子を食べるのはよくないと母親に言われたことがある。
けれど今夜のマルコはどうしても甘い飴玉を味わってから眠りにつきたかった。
温かいベッドの中で味わうその味はなんだか格別に思える。
普段しないことをしているからだろうか。
丸くて大きな飴玉がマルコの口の中でどんどん溶けて小さく、小さくなっていく。
口の中に広がる甘さがそのまま甘い夢に導いてくれそうな気がした。

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