さよならよい子のブラウニー

気配が消えた。
ときおり見つけていた妖精のしわざは突然わからなくなった。
いいや、完全に無くなってしまった。

静かな部屋の中でマルコは言葉も無く、立ち尽くしていた。
一体どうしてしまったのだろう。
いつも通りで変わらない部屋の様子。それは一人暮らしでは当たり前の光景で。
けれどマルコにとってそれは大きな変化だった。
目の当たりにしたことは無くても少し前までここには妖精の陰があちらこちらに散らばっていた。
ほんの少しだけ動いた家具に、いつの間にか美味しくなっている料理。ときおり、ささやかな贈り物が届けられ、無くしていた探し物が机の上に現れる不思議も起こった。
一人きりで寂しい部屋の中、きっとその妖精はいつも近くにいてくれた。
それなのに今ではその気配は霧散してしまったように跡形も無い。
いつの頃からだろうか。
たった一つだけ思い当たることがある。
前に妖精から貰ったジャムの空き瓶を撫ぜてマルコは思い返した。
妖精の気配を感じることはまちまちだったからはっきりとしたことは言えない。
だが、それ以外には考えられなかった。
『消えてしまった真白いシャツ』
ブラウニーは親切な働き者の妖精。とてもよい子。
けれどそんなブラウニーと暮らすためには決してしてはならないことがある。
それは服のプレゼント。
ブラウニーが人間の家で働いているのは服を得るためとも言われている。
服を得たブラウニーは目的を果たしたと言わんばかりにその家からたちまち去ってしまうのだ。
マルコがたまたま昼間にアパートへと帰ってきたあの日。
不用意にも脱いだ服をソファーの上に置き忘れてしまった。
ブラウニーに見つからないように、贈り物だと勘違いさせないように、マルコは服の扱いにはとても気を付けていたのに。
それをあの日だけは忘れてしまっていた。
ブラウニーはじっと待っていたのかもしれない。
マルコがその贈り物をくれることを。ずっと、じっと。
実際、マルコのもとから真白いシャツが無くなったその日以降、妖精の気配は感じられなくなってしまっていた。

たった一度の過ちが大事なものを消し去ってしまう。
妖精のことなんて誰も信じてはくれない。いたとしてもほんのわずかだ。
そして秘密はよほどの相手でない限り、口にしてはならないものだ。
妖精は自分たちのことを言いふらされるのを好まない。
だからマルコはずっと黙ったままだった。
マルコとブラウニーの秘密の関係。
ブラウニーがいなくなってしまった今、その秘密はマルコだけの物になってしまった。
そしてブラウニーがいなければ尚更それを信じてくれる者はいないだろう。
急に一人ぼっちになってしまった感覚に胸が締め付けられる。
さよならも言えずに、自分のミスで別れが決まったのだ。
もしかしたらブラウニーはマルコがくれた服をいままでのご褒美だからと喜んで着ているかもしれない。
望んで差し出した物でもない、くたびれた脱ぎ捨てのシャツを着て喜んでいるブラウニーの姿を想像するのもまた心苦しかった。
それにマルコは少しだけ期待していたのだ。
服を誤って渡さないように気を付けながらも、妖精と過ごし続けるうちに相手も自分に心を許してくれているのではないだろうかと。
服をプレゼントしてもそのまま一緒にいてくれるかもしれないという可能性をどこかで夢見ていたのだ。
もしそんなことが叶うのならばお礼には新品でぴかぴかの柔らかい上等な服をあげたかった。

けれど現実には脱いで忘れたシャツをブラウニーは持ち去り、消えてしまった。
あっという間の夢物語。
妖精との付き合いは上手く続かないというけれど、覚悟はしていたつもりだけれど、それでもやはり哀しかった。
日も暮れて、開けたカーテンの向こうには真っ暗な闇。その上には星空。
月のいない朔夜はなんだか物寂しい。
いつものように妖精のため、ほんの少しのミルクと食べ物を供え置く。
もしもここに見えない者たちが立ち寄っているのならマルコのブラウニーに声をかけにいってくれないだろうか。
あの贈り物は間違いで、マルコはまだブラウニーと共に過ごしたいと願っていると。
服が欲しいのならば、去って行きたいと言うならば、それがどうしてもというのなら我慢するからさよならと言わせて欲しい。ちゃんとした綺麗な贈り物をあげたいと。
だけどそれは難しいに違いない。
気まぐれな妖精は現れるのも去って行くのも突然で、いなくなった後にもう一度出会うことすら困難なものだから。
なんとかしてもう一度会えないかと妖精の書物を読み進めるうちに希望は萎んでいく。
それでもブラウニーからのかつての贈り物を眺め、願うのだった。

星のまたたく静かな夜。
せめて流れ星に願いを託したいけれど、晴れ渡る夜空にいる星たちは自分の居場所を大事にし、走り去るものは一つとしていなかった。

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