海軍と海賊の恋

想像以上に柔らかいと思った。
出来ることなら触れたその先まで進みたかったがそれは相手の手によって阻まれた。

「何してくれてんだよ!」
真っ赤な顔が怒鳴る。
「青臭いガキでもあるまいし騒ぐなよい」
宥めたつもりが失敗だったらしい。
顔色が戸惑いから本物の怒りに変った。
「おい、お前わかってるのか?俺は……」
「ヤミヤミの実の能力者」
相手が息を呑むのがわかった。
自分では忠告のつもりだったらしい。
バカな奴だ。
自ら敵地に訪れるのに何も知らないはずがない。
それも目を付けた相手なら。
「それくらい調べはついてるよい」
「なら……」
再び戸惑いが浮かぶ。
手にした能力の大きさ故にそれに恐れぬものを見たことがないらしい。
可哀想な男だ。
「色んなものを吸収する力なんだってねい」
「何が言いたい?」
怪訝な顔が浮かぶ。
「闇はあらゆるものを喰らう。なら……」
指で頬に触れる。
「闇を喰らうのはなんだろうと思ってねい」
耳元へ唇を寄せて笑った。
聞こえぬ心音が暴れているのがわかる。
「まさかお前が俺を喰らうとでも?」
「実際喰われたろ?今」
己の唇を差し、先の行為を示す。
「いきなりだったから!ゆ、油断しただけだ!」
「海賊の前で油断とは余裕だねい」
慌てて唇を擦る男。
幼い行動にまた笑いが込み上げる。
こいつの感情は全て俺の手の中。
気が付いていない様がまたイイ。
「うるせぇ!」
相手は急に刀を振りかぶってきた。
けれど遅いその動きは簡単にかわせる。
傷など付くはずもない。
「刀を使うのかい」
背後に回った俺に振り返り驚きを見せる。
呆けた顔。
そんなに隙だらけだと今すぐ喰らってしまいたくなる。
「刀使っちゃ悪いかよ」
「どうせならその能力を使って欲しいねい」
見た目綺麗なお前がどんな風に闇を扱うのか見たい。
「お前もしかして隊長だったりするのか?」
ふと気が付くと男が俺の体を眺めていた。
視線の先には誓いの刺青。
「知らなかったのかい?」
道理で自信たっぷりだと思った。
自慢じゃないが新世界で名の轟くオヤジにつく俺ら隊長は全員かなり名が知れている。
それを知らないとは言ってくれるじゃないか。
「生憎新世界に配属されたのは最近でまだ色々把握しきれてないんだよ」
男の返答になるほどと頷いた。
要は地位はあるがこちらの世界じゃまだひよっこというわけだ。
余計に興味が湧いた。
「俺が教えてやろうかい?」
「ふざけんな」
「俺はマルコだよい」
差し出した提案に顔を顰めるも続く名に目を見開く。
どうやら名前くらいは知っているらしい。
「嬉しいねい」
自然と口端が上がる。
互いの目が合い、ふらふらと歩んでいた相手の足が止まった。
どうやら無意識の行動だったらしい。
止まらずにこのままこちらに来ればいいものを。
そうすればまたキスしてやるのに。
俺の意図を知ってか知らずか男は再び元の位置に下がった。
抜かれていた刀がそっと仕舞われる。
来るだろう攻撃に心が高鳴る。
相手の体から黒い渦が噴出して辺りを包み込む。
足元がグラつき沈み込む。
「自ら引き寄せてくれるなんて嬉しいよい」
「んなっ!」
男が驚愕の声を上げる。
それはそうだろう。
呑み込もうとした相手が己の体を掴み抱きしめているのだから。
蠢く闇は必死に俺の存在を引きずり込もうとしているが男を捕らえている自分を呑み込めるはずがない。
ざわざわと周りで行き場を失う闇。
まるで二人して闇に抱かれているようだ。
「そんなに俺と一緒にいたいのかい?」
そんな冗談が口から出た。
「ンっ……」
二度目の唇を奪う。
そのまま口の中の酸素を全て奪い、代わりに自身の舌を与える。
絡めて舐め回し、二つの口から溢れる唾液を飲み込む。
「はぁっ……」
「その顔いいねい」
「ッ……!」
生み出した闇は消えた。
もう少しあの面白い感覚を楽しみたかったが仕方ない。
これ以上時間を掛けるのも効率が悪い。
最後の仕上げと行こうか。
「離せよ!」
振り払おうと男はもがくが全くの無駄。
能力以前に力の差は歴然としているのだ。
左手を男の喉に当てる。
「お前さんごときにやられる俺じゃないよい。本当に勝てると思ったのかい?」
するすると指で喉を撫で、そしてゆっくりと押し込む。
狭まる気道に相手が苦しんでいるのがわかる。
「でも面白いよい」
「ッは……」
喉を抑える顔にはうっすらと涙が浮かんでいる。
掻き立てられる加虐心。
「俺を捕らえたいならいつでも来いよい。お前なら歓迎してやるよい」
「逃げる気か?」
意外な反論に笑った。
「その表現は間違ってるがそう捉えたいならそれでもいいよい」
この男は俺を飽きさせない。
これこそ俺の待ち望んだ相手だと確信した。
反面、相手は悔しそうな表情を浮かべている。
震える唇が動いた。
「……歓迎してやると言ったな。その言葉後悔させてやる。絶対忘れんなよ!」
「忘れやしないよい」
男の言葉にほくそ笑んだ。
それこそ俺の欲しかった言葉だった。
これでこの男はもう俺のもの。



落とすのは簡単。
その身を手に入れるなどたやすいこと。
喰らい尽くしてから甘い罠を落としてやればいい。
それだけで憐れな生き物は手の平に縋る。
あの闇はまさに理想。
闇で黒く塗れながら正義を背負う姿。
その心は真っさらで真っすぐだが先の出会いでその白さに黒い染みが落ちた。
消えない染みはやがて知らないうちに染込み広がっていくだろう。
慣れ切った退屈な日常を荒らすきっといい遊び相手となる。

「会いに来いよい。何度でも」

次来たときは触れた唇で愛を囁いてやろう。
中身のない上辺だけの甘やかな愛を。
そうすればきっとお前はもっと俺の手の平で踊ってくれるだろう?

黒は闇を待つ。
そこにあるのは愛ではなく我欲に満ちた快楽。
喰らう黒と追う闇の追いかけっこが今始まった。

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